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海外「これが反日の原点?」豊臣秀吉が侵攻した朝鮮出兵に海外興味津々(海外反応)

海外「これが反日の原点?」豊臣秀吉が侵攻した朝鮮出兵に海外興味津々(海外反応)

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朝鮮出兵

戦国時代の終焉と共に、日本国内での武将同士の戦いは終わりを迎えた
勝者にとって明らかだったのは、あぶれてしまった武士に活路を与えるために、日本は新たな侵略のターゲットが必要だということだ
豊臣秀吉は、百年近くの間で初めて国を統一することに成功した
優れた武将をまとめることに成功した秀吉は、朝鮮への大掛かりな攻撃を開始する

豊臣秀吉の悲願であった日本統一は形を成そうとしていた
秀吉は1582年、自らが仕えていた織田信長を裏切ることで本州をほぼ制覇
1585年には四国を制覇し、九州は1587年これに続いた
信長と同様に、秀吉もまた自らの実権はこの小さな島国を超えて実現するべきだと考えており、覇権を広げることを自らの使命ととらえていた
秀吉と戦いを繰り広げていた大名の中で、彼への従属を誓ったものに対してはその領土を奪うことはしなかったのみならず、さらなる領地の拡大を約束することで、日本統一へと一歩一歩近づいて行った
この領地拡大の約束が、問題の根幹となって行った
日本には既に戦って奪うべき土地はなく、諸大名は秀吉に対する謀反を画策するようになる
この事実を受け止めた秀吉は、1580年代終わり頃から挑戦を次の標的とした
その後には、中国の明王朝も視野に入れていた
秀吉の連合軍がその頃新たに手に入れた領土は対馬海峡の中ほどに位置していた対馬
元々この島を支配してた宗氏は、その頃までには秀吉の配下となっており、この宗氏が秀吉の手紙を挑戦に届ける役目を負った
この書簡は朝鮮へ攻め込むことを示唆するもので、使者であった宗氏の立場を難しいものとした
古くから朝鮮と良い関係を保っていた宗氏は、使者として適任だった
しかしこの火種は、日朝の交易に影響をもたらすもので、朝鮮の交易で高い利益を得ていた宗氏を脅かすものであった
ダメージコントロールの為に、宗義調は秀吉のメッセージを改ざんした
書簡は、朝鮮の日本に対する敬いを示すために、ただ単に朝鮮から使者を日本に送る様にというものになっていた
この書簡を宗氏は、配下の剛の者柚谷康広を使者として朝鮮に届けさせる
康広は自らと朝鮮の槍の長さの違いを揶揄して、朝鮮政府に対して見下した態度をとった
これに屈辱を与えられた朝鮮側は、“日本の統一は長くは続かないだろう”と逆に脅しをかけた“しっかりとした規範もなく、どうすれば長期にわたって国を統治できるのか?”
使者の無作法な振る舞いと、到底受け入れることのできない秀吉からの要求は、朝鮮政府からの拒否しか引き出すことができなかった
これに腹を立てた秀吉は、康広を含むすべての使者の殺害を命じた
宗氏自身はそこまでの罰は受けず、対馬を追われ秀吉がより信を置いていた養子の義智が対馬を修めることとなった

その後数年の間、日朝両方からの使者の交換が続いた
朝鮮からの1590年の京都訪問の機会において、朝鮮側は秀吉の軍隊がいかに強力かという情報収集に失敗し、朝鮮は秀吉の軍事力を過小評価するに至る
更に、朝鮮国内ではソウルのどこに主要府を設置するかという、内部での不合意が発生していた
西府の中には日本の脅威に気が付いた者もいたが、日本の襲撃に備えようとする動きは、東府のメンバーによりことごとく反対された
1591年には、秀吉による九州での拠点設置を受けて、日本は朝鮮出兵への準備を重ねた
その拠点では33万5千の兵を擁し、そのうち15万8千が朝鮮へ打って出る計画となっていた
諸国の大名はその規模に合わせて、兵を拠出することが求められた(軍役)
しかし規則で定められた以外の要因、例えばどれほど秀吉に近い存在であるかなども、大名ごとの派兵数に影響を与えた
15万8千の兵の内、8万2200は九州から派遣され57,000が本州から、そして19,600が四国から派遣された
この兵の大半を占めたのは、騎馬の侍ではなく、足軽と呼ばれる歩兵だった
足軽は、刀・槍・弓で武装していた
当時の最新兵器であった軽量の火縄銃も用いられたが、これをどれほど装備していたかは明らかではない
元々の戦術は、ドミノ倒しのようにアジアに攻め込んでいく、というものだった
朝鮮を支配下に入れた後には、朝鮮の兵力を利用して中国に攻め込むというものだ
同様に、北京を抑え込んだのちはそこの兵力を活用して、更にアジア内部に攻め込んでいく

派兵には700の船が用いられたが、これらの船は船員と共に国内での戦いで敗れた大名から取り上げたものだ
船の殆どが商業船を目的に合わせて作り替えたものだった
元々秀吉は多くの戦闘要員を抱えてはいたが、それに加えての地上戦力や海軍力が、この戦いにおいて後々秀吉を苦しめることとなる
朝鮮側には2つの利点があった
優れた造船能力と大砲の技術だ
秀吉が採用したヨーロッパ式の火器の技術への理解不足に加え、政府内部の不正が朝鮮における軍隊のネグレクトに繋がった
軍隊は訓練不足で、敵を迎え撃つには全く準備が足りていなかったが、この戦いの勝敗を決定づける大きな出来事があった
46歳の職業軍人李舜臣が全羅道の軍を任されたことだ
任命を受けてすぐ、李は彼の任地が侵攻経路になることをすぐさま理解する
この重要性に気づいた李は、一年かけて海軍戦略を学び配下の兵の訓練にも気を配り、インフラ整備にも努めた
何度かの遅れはあったものの、5月22日には日本軍は準備を整え、5月23日には小西行長と宗義智に率いられた18,700の兵が釜山に向けて出兵した
兵を乗せた船を守る軍艦が到着していなかったため、この輸送船は全く無防備な状態に置かれていた
水平線からは大型の商業船団にしか見えなかったが、釜山の前線部隊はすぐにこれらが商業船ではないということに気づいた
優れた軍艦を利用し敵を駆逐するることも可能だったが、これを実行するには至らなかった
23日の夜までには400隻ほどの輸送船が釜山港を埋め尽くした
この船団は、一切攻撃を受けることはなかった
日本が中国に侵攻することを認めるようにという最後通告が拒否されたことを受け、兵の上陸が開始された
5月24日早朝4時に、宗義智に率いられた5000の兵が上陸を開始し、小西行長率いる7000の兵がこれに続いた
最終的に、朝鮮側からの攻撃を受けることなく、すべての日本兵が朝鮮に上陸を果たした
2度の攻撃により、釜山の要塞は陥落し、この事実が周辺に拠点を置く軍部の中枢に混乱をもたらした
能力の低い朝鮮海軍の将軍は、自軍の武器の破壊を始めできるだけ早く北部に撤退する道を選んだ
釜山の陥落の後、過剰な自信を持った行長は兵を整えるようにという指示を無視し、26日に朝鮮半島の中央部分を北上し始める
彼の行動の理由は明らかではない、功を焦ったのかはたまた敵の攻撃を恐れたのか
行長の兵は無人の梁山に到達し、その後密陽に向かい28日に大邱に到着した
敵を抑え込まなければならないと気づいた慶尚の知事は、軍を率いて南に下り日本軍と対峙しようとした
しかし、彼はDongnaeが陥落したと行くことを知るや否や、刃を交えることなく撤退した
日本軍の侵攻のニュースは5月25日には全羅道の李舜臣に届いていた
李は、地上戦では日本軍が優勢であったにも関わらず、海上戦では日本を打ち破ることができると自信を持っていた
李は時間稼ぎをしていた
その頃、5月28日には加藤清正に率いられた第2軍が釜山に上陸していた
第2軍には、恐れ知らずの22,800の兵が含まれていた
行長が自分を待たずに進軍していることに気分を害した清正は、彼に追いつこうと進軍速度を速めた
清正は東側のルートをとり、蔚山・広域などを経てソウルを目指し、行長に先んじて首都に到達した

南部では黒田長政に率いられた第3軍が5月29日にアングルポに到着した
この軍は11,000の兵を含み、西部を通って首都を目指した
金海を制覇して、この3軍はそれぞれソウルに向かったが、そこに至るまでに抵抗が全くなかったわけではない
朝鮮軍の将軍Sin Ripは、首都から100キロほど離れた忠州で8,000の抵抗軍を構え、日本軍に対峙しようと計画していた
南部と北部から逃れてきた軍を活用し、日本軍を抑え込もうと考えたのだ
しかしながら、南部と北部からの兵士たちは既に敗れ去っており、Sinは忠州の開けた場所での戦闘を選ぶ
1592年6月6日、Choryong高原から降りてきた日本軍に対し、Sin将軍は高原のすそ野の平野でTangumdaeを横にSouth Han川を後ろにして日本軍を迎え撃つ
これは、中国軍が長年にわたって採用していた戦略であり、勝利は約束されていた
行長の軍が高原から降りてきたその時、清正の軍も東側から現れた
清正は行長が手柄を独り占めしようとしたことに腹を立てており、ここからは自軍がリードをとると主張していた
行長はこの申し出を却下する
清正は忠州で彼のライバルを出し抜くことを決心する
行長は、ライバルに先んじていることを願いながらソウルへの行軍を南から始める
Sin将軍の軍はようやく視野に敵軍を見ることになる
6月6日午後2時、行長は自軍を三手に分け、自分の下には1万の兵を置き、松浦重信を先陣とした
宗義智の下には5,000の兵が置かれ左翼を守った
残りの3,700は有馬・大村・後藤の指揮のもと右翼に配置された
火縄銃部隊が最前列に配置され、足軽部隊がその後ろに続いた
日本軍は、火縄銃を一斉に発射して戦いを開始した
Sin将軍の部隊は、これに全く対抗することができず、即座に壊滅的な被害を被った
寄せ集めの兵士は逃亡を始めたが、Sin将軍の直属の兵は守りを固めた
しかし火縄銃は彼らにさらなる打撃を与え、騎馬部隊は破壊され、接近戦を迎える前に軍として機能しなくなっていた
Sin将軍の8,000の部隊は散り散りになり、逃げた兵士も足軽からの執拗な追跡を受けた
Sin将軍自身も滝に身を投げ、自らの命を絶った

日本軍は、わずかひと月余りの間に100キロ以上の侵攻に成功した
目立った敵は見られず、唯一の抵抗もあっけなく撃破された
一見すると朝鮮王朝は崩壊したように見える
しかし、戦いはまだ始まったばかりだ


外国人「日本人じゃなくても神道って信仰していいの?」(海外反応)

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投稿者
非日本人でも神道と実践できますか
タイトルの通りだけど 私は白人で日本にすんでいない さらに私は魔女です 神道について調べていたんだけど伝統と一般的なコンセプトが魅力的に映った 日本のそとでは信仰するのは難しいってきいたんだけど 日本人の意見が聞けたらいいなとおもっています


海外「物が高くなる」「中国の」コロナ禍で進む日本の『脱中国』に海外賛否(海外反応)

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投稿者
日本経済の安全のために「脱中国」が叫ばれている 衣料品が足りないことでサプライチェーンを再考している



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