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海外「欧米に劣らない性能…」帝国主義時代の日本の戦車の歴史に海外興味津々(海外反応)

海外「欧米に劣らない性能…」帝国主義時代の日本の戦車の歴史に海外興味津々(海外反応)

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日本の戦車を紹介するよ タンクフェス2019では95式ハ号軽戦車が登場した 1930年代の日本ではヨーロッパよりも多数の戦車を保有していた 日中戦争のためだ 30年代の戦車技術は日本が先進していたと言える 特にディーゼルタンクエンジンだ  



欧米では日本の戦車については誤解されている部分が多々ある じっくり見ていこう
日本は第一次世界大戦にはあまり参戦していない 傍観しているのみだった 当時の日本はまだ工業力が弱かったし、ヨーロッパやアメリカでは第一次大戦からその戦後にかけては戦車の技術が向上した 日本が戦場とした中国では道路や橋の状況が悪く、また日本国内では重工業の基盤がなかったため戦車が作れなかった 線路の幅が狭かったこともその理由である
第一次大戦後、日本は当時最先端だった英国製のマークAホイペット戦車やフランス・ルノー製のFT戦車を購入 そしてポーランドやフィンランドなどと同様、日本はルノーを基本に戦車を装備した 

ここで戦車を装備することが日本陸軍にとって有益だったかどうかを考えてみよう 1921年、陸軍省は兵器の装備が当時の戦術に即しているかについて調査を行った 戦車に関しては戦術に見合っていないこと、インフラの欠如、工場の不足とともに、海軍が大和の建設のため鉄鋼を持っていってしまったことがわかっている 当時のアジアの基準では、日本はすでに高度な設備を備えていた だが対アジアではそれ以上の装備は必要ないにしても、欧米と比較するとまだまだ足りないことは陸軍省は把握していたものの、ヨーロッパの基準に合わせるのも馬鹿げている 日本がこれから対する相手は設備の劣る中国軍だったからだ そのため戦車の生産はなかなか進まなかったが、装備はそれなりにそろえていた 

1940年時点で、日本の戦車保有数はソ連、フランス、イギリス、ドイツに次いで世界第5位であり、1941年にフィリピンに侵攻したアメリカ軍、マラヤに駐留していたイギリス軍にも勝っていた なぜそこまで手にすることができたのか

当初、日本軍は戦車を買い集めようとしたものの、ルノー社製しか手に入らなかった 陸軍省の予算では戦車工場は2箇所作るのがせいぜい だが1925年に造られた九州・久留米の戦車工場ではルノーのFT式が製造された 千葉に造られたもうひとつの戦車工場ではイギリスのホイペット戦車を製造した 1931年には国内製の戦車が満州の関東軍に送られる 正確にはルノーFTではなく、その後継型のNC27となるが、日本ではこれを乙型戦車と呼んだ 1934年には独立混成第1旅団とよばれる編成が組まれる このとき戦車部隊は3部隊 15台の軽戦車と、本部用の5台の軽戦車があった これは1937年に中国での戦闘に参加 だがあまり活躍しなかったと言われている 特に冬の行軍は不調で、中国北部での戦闘でも芳しい結果を残してはいないし、故障も多かったと言われる 帰国後、旅団の長は解任され、関東軍は独立混成第一旅団を解体

、戦車は通常編成に戻された その後編成の見直しが行われ、1941年4月に装甲部隊本部が設置された それ以前は装甲車が機能していなかったということだ 

日本は空軍に比重を置くようになる 日本の工場では同時に陸海空の異なる兵器を大量生産することは難しかったからだ これは日本軍内での戦いであったともいえる  

1925年の帝国日本軍に25台の戦車が装備されていた記録が残っている まだ重戦車の使用ができなかった頃だ 1929年には89式が完成、1931年に製造されている ここから戦車の大量生産が行われるようになった ガソリンを使用する94式は1935年から その一方で日本はイギリス・ヴィッカーズの軽戦車にも興味を示しているが、着火事故の恐れがあるとして手を引いている 

89式は遅すぎ、92式は砲弾装備に弱点がある そこで1933年に登場したのが95式、ハ号だ 重量7トンで37㎜銃1機、マシンガン2機を装備 上院は指揮官、運転手、マシンガン砲手 89式と同じディーゼルエンジンだが軽量で、駆動も良い 1935年から製造された 

ハ号が活躍したのは太平洋戦争 ノモンハン事件だ 当時前線では戦車が足りなかった ソ連軍が550台を備えているのに対して、日本軍はわずか73台 戦闘により42台が破壊された これをふまえて、日本軍は戦車を増強、95式と97式を再構築した
まとめ 日本は資源がない状況で工場を造り、戦車を製造した 太平洋戦争までに多くの戦車を装備したが、1936年に軍が空軍に力を入れることを決めたため鉄鋼が不足していた また、日本には軽戦車途中戦車しかないことも考慮すべき 日本は戦地へ船で戦車を運ばなくてはならないから、軽量のものが求められた 



軽戦車がほんとには知ってるところっていいよね




日本軍が戦車につける名前ってなにか法則があるのかな




大和につかった鉄鋼で戦車をつくったら1万台くらいはできたと思う




第一次大戦時でも、日本軍にはヨーロッパ並みの装備を備える力はあった ただ、技術が不足してたんだよね




欧米にも劣らない性能だ




ついこのあいだ第二次大戦における日本軍の戦車戦略について読み返したばかり




こういうの、ポーランドの戦車もやってほしいなあ




武蔵と大和は日中戦争で使われたのかな?




日本の戦車って、ガルパン見なきゃ




帝国陸軍のことは知ってても、戦車事情までは分からなかったよ ありがとう




日本軍はパンツァーブリゲイドを1934年に作ってる




面白かった 西洋にはあまり伝わっていない部分だよね




日本ではセンシャっていうんだよね




ルノーのFTはFT17とは違うよ




中国軍に戦車は倒せなかった




ノモンハン事件は当時の日本軍の戦略を知るのにはうってつけだね




日中戦争で戦車を使うのは意味がなかった だって戦車に対抗できる兵器が中国軍にはなかったんだから




97式中戦車チハっていうのもあるよね




日本が軽戦車ばかりそろえていたのは、アメリカとの本土決戦に備えてだったと思う 狭い国だからね




日本の戦車はマラヤやシンガポールに持っていくにはちょうど良かった




タンクフェスト2019行ってた 95式とタイガー131を見るためにね すごく日焼けしたよ




https://www.youtube.com/watch?v=Ig9UBF2X5TU
Comments
  1.   500356
    中国軍はアメリカやドイツの兵器使ってたから兵器は良かったぞ
    ドイツは伝統的に中国とズブズブだし
    同盟国の日本の敵国に兵器売るとか糞すぎる
  2.   500357
    アメリ力なら射殺されてるね。
  3.   500359
    中国には米軍と米兵器装備もあったよね
    パールハーバーより前に米軍が日中戦線でカチ会った報告もある
    最初は義勇軍という話だったけど後で正規軍だったと発表してる
    まるでウクライナに進軍したロシアのやり方そのもの
  4.   500360
    この「軽くしたい病」は陸自にも受け継がれている。戦車が通れるみちがないなら道をつくってしまうのが現代の陸軍であって、それを可能にする物量が戦争の帰趨を決める。戦車のほうを軽くして、代わりに性能で妥協してどうすんねん。
  5.   500362
    >戦車が通れるみちがないなら道をつくってしまうのが現代の陸軍であって
    それは状況や国家予算の配分(国家戦略)によって異なるのでそもそも一概に言える物ではない。
    そんな”金さえあれば”できるような非現実的な案なんてものはとっくの昔に検討されつくしてるの。
    財布の中身を考慮せずに「なんであいつは高級レストランにいけば美味いものを食べられるとわかっているのにそうしないんだ」と言っているようなモノ。
  6.   500364
    >>日本軍が戦車につける名前ってなにか法則があるのかな
    途中からはそうだね
    チハだったらチ(中戦車)のハ(イロハのハ、三番目)、ケニだったらケ(軽戦車)のニ(四番目)
    英語ならMC(Middle tank Mk.C)とかLD(Light tank Mk.D)と命名される感じ
  7.   500365
    大規模な戦車対戦車の戦闘が生起しうると本格的に意識されだしたの自体ノモンハンあたりからだし、独ソのように急速に戦車が発展することになるなんて当の独ソすらあまり想定していなかった。そし記事でも言及されている通り、日本陸軍は砲や戦車を運用するよりも、全体で見ると汎用性が高く得られる効果に対してリソース消費が少なくて済む航空機にベット(当然、生産力と資源と金さえあれば火砲もソヴィエトと正面から殴り合えるくらい充実させたかった)。
  8.   500366
    千島列島でよくソ連軍を粉砕しただろ
  9.   500367
    ※4
    日本の道路舗装は他国と違って自動車のタイヤでの制動に最適化された特殊な道路舗装なんだよ。
    だから欧米諸国の重い戦車が走ると舗装が剥がれて履帯に巻き込んで大変なことになる。
    90式は北海道の原野での運用を主眼に置いていたけど市街戦をも想定している10式の場合は舗装道路を走る必要があるからね。
  10.   500368
    >日本が軽戦車ばかりそろえていたのは、アメリカとの本土決戦に備えてだったと思う 狭い国だからね

    単純に揚陸能力の問題。
    数十トンの重量戦車を輸送して、港で陸揚げするクレーンや運送する運送能力に限界があった。
    重量級の揚陸(荷揚げ)レーンが製造できなかったり、直接に重長物を上陸させる能力を持った船を作れなかったから、日本は重量戦車を大戦期の主力に出来なかった。
    戦地がジャングル地帯を想定していたことも、戦車運用の軽視につながった。

    中国戦線においては敵対する中国側がドイツ製の初号戦車か二号戦車レベルだったので、日本の軽戦車でも対応できた。
    だがアメリカの中戦車であるM4戦車でさえ、日本戦車にとってはドイツのタイガー戦車神話レベルのレベル差。
    ゆえに本土決戦思想の時期に差し掛かる頃には、日本でもM4中戦車を打破できるレベルの戦車の設計が行われており、五式戦車などが設計製造されている。
    打破能力優先の設計ゆえにドイツやソ連などの最新戦車とは比べ物にならない一歩遅れだけどな。
    装甲貫徹力のある自走砲や野砲を無理やり戦車の車体に乗っけた戦車駆逐車の初期の設計と同じだから。
  11.   500369
    要するに大戦中の日本の戦車工業は停滞してたんだよ
    アメリカ、ドイツ、ソ連等は、年々新モデルを投入し巨大化、高性能化した
    日本は、例えて言うならドイツの3号戦車レベルで最後まで戦ってた
    それじゃあ負けちゃうよw
  12.   500370
    ちなみにドイツ製兵器とかを使っていたのは蒋介石の率いる中華民国軍で、アメリカ系の装備をしていたのは現共産党の連中。
    共産とは軍事力を温存していて、民国軍は日独同盟によるドイツの撤退により更新能力の低下を受けた。

    最終的に大戦末期にはアメリカ式の訓練を受け、アメリカ式の最新装備に身を固めた共産軍が日本軍に対して殲滅戦を行ったりしている。陸上での玉砕として有名だな。
  13.   500371
    >>12
    あの~、カーチス・ホークIIIとかP-26とかP-43とかP-66とかB-10とかB-25とか軍用機や、M3A3やM4A4とかの戦車、これら全てアメリカ製を購入または供与されて使ったのは国民党軍ですが
    国共内戦でもまだ共産党側にアメリカ製兵器は無く、日本の残していった軍用機や戦車を使っていたんだけど
  14.   500372
    >大和につかった鉄鋼で戦車をつくったら1万台くらいはできたと思う
    昔、おなじような論争?やってたなあ。「じゃあ、タイガー戦車1万台ぐらい相模湾にならべてヤマトと撃合いやろう。1万発ぐらい先に撃たせてやんよ!大人げないと思ったから今まで言わなかったけど」「ほんとに大人げないですね・・」(「モデルグラフィック」だったかな)

    「日本の戦車を作ったやつは泣いてあやまるべきだ」松本零士
    「日本刀振りかざして突撃しようと思っていた」司馬遼太郎
    「航空機エンジンに鉄板くっつけただけのソ連の戦車のほうがずっとマシ。ディーゼルエンジンは戦後、トラックのエンジンになって大活躍したけれど・・・」
    「歩兵には勝てる!」「いや、敵にも戦車がいて、それと闘うために戦車があるんだが・・・」(同)

    戦車長だった司馬遼太郎
  15.   500374
    >>アメリカ式の訓練を受け、アメリカ式の最新装備に身を固めた共産軍が
    ビルマ方面で戦った中国軍新編第1軍(1943年2月編成)がいつから共産党の軍に?異世界の話かな
  16.   500377
    軽いから妥協してると思ってる馬鹿発見
  17.   500378
    日本の戦車が弱いのはしょうがない、インフラが非常に遅れているアジアが主戦場だから
    重い戦車を作っても、港湾から橋から街道まで補強せんといかんかった
    それをするだけの予算も無かった、その点アメリカは大金持ちだからM4を普通に運用できた。
    あと海と空を重視してた、開戦に海軍は反対しており、陸軍が飲めないような過大な物資や予算の優遇を要求していた
    こうすれば開戦出来んだろうって条件だったが、陸軍が大幅譲歩して、これを飲んでしまい開戦になってしまった。
    あとよく誤解されてるけど、日本の軽戦車自体は、開発配備時点での性能は決して欧米に劣っていなかった
    欧米は陸戦が主戦場で、戦車が日進月歩で進化していったのに対して
    日本は上記の理由から古い戦車を使い続けて更新できなかった
    ヨーロッパで雑魚のM4が、太平洋では王者になるくらい差がついてしまった。
  18.   500380
    >>日本の戦車が弱いのはしょうがない、インフラが非常に遅れているアジアが主戦場だから
    同じくインフラが非常に遅れているのに、独ソ開戦以前にKVやT-34が量産できていたソ連の戦車が、戦争中に更に進化してるのだから、それはない

  19.   500381
    重たい戦車作っても運用できないし。
    道路鉄道はおろか港湾で積み下ろし出来なきゃ重戦車はどこにも行けない

    日米開戦当時、アメリカ人若年層の7割が運転免許を所有してたのに対して日本人若年層のほとんどが自動車を見たことがないってぐらい違いがあったってとこで察しろ
  20.   500382
    ルノーやホイペットを、日本の工場で生産していたとか、勘違いしているな。そんな第一次大戦時の時代遅れな物、わざわざ生産するわけないだろ。輸入品を装備していただけだぞ。
  21.   500383
    >>18 ソ連は自国と地続きの大陸で運用しているでしょうが。鉄道網も発達しているし。工場で作ったらどんどん西(=ドイツ方面)に送ればいいだけ。戦車を船で海上輸送しなければいけない日本とは事情が違うんですよ。
  22.   500384
    ※18
    連中の戦車は輸送船での積み下ろしを考慮されてない、デリックの耐荷重を気にしなくてもいい。
    軌間も広く鉄道輸送にも十分対応でき、そもそもそれ以前に日本と違って冶金分野でも非常に優れてた
    なにしろ技術者にとって悪夢に近い大排気量ディーゼルエンジンを普通に大量生産しとったんや。
    ソ連が開発できたからといって日本に出来るかといったら話は別
  23.   500385
    日本は軽戦車のほうが税金安いからね。
  24.   500386
    例えばノモンハン事件の頃にあれば無双できた性能の一式中戦車チヘ
    一式(1941年制式採用)という名前なのに試作車ができたのがその翌年、量産配備は1944年という遅れっぷりで、完全に時代遅れの性能と化していた
    まあ仮に1941年に実戦配備されていても、T-34やM3中戦車に対して互角に戦えるかと言えば・・・
  25.   500387
    翻訳もおかしいし、元の内容も間違いだらけとかアホくさ
  26.   500388
    韓国に謝罪と賠償でお金がなくなったから
    日本人が軽乗るはめになったんだよ。
  27.   500392
    日本の戦車はあくまでも歩兵随行戦車であり、支援車両がベースであり基本設計だった。
    イギリスの歩兵戦車くらいにまで特化できればよかったんだけど、技術的には半島や満州よりも本土が一番だったし、その本土から外地に送り出す能力がなかった。

    結局軽戦車レベルの対塹壕や拠点攻撃用の支援車両扱いでしかなかった。
    お陰でアメリカの中戦車は日本軍にとっては、重戦車レベルの強敵になっちまってたが。
  28.   500395
    大和に使った鉄鋼は実のところ数隻の空母増強とその艦載機しておけば戦況は変わっていた、と思われるw
    が、如何せん燃料を調達できなければ意味がなくなる
  29.   500396
    例え揚陸を度外視しても、大陸式の重戦車を南方に送ったところで、遠くまで見通しのきく平地が少なくて起伏のある地形が多いあっちの島嶼では限定的な状況でしか役に立たないよ。ルソン島とか山岳地帯も戦場になるしな。
  30.   500397
    大和の鋼材が云々っていうけど、年単位でやる艦隊整備計画なんて急遽変更する方が予算も資源も時間も無駄になるからね。そもそも、大和型の量産は戦前の段階で中断の方針になってて空母増産と航空兵力拡充に向かってるから間に合う範囲で素人が考えそうなことなんて実行に移されてるわけ。
  31.   500406
    棺桶だろ。
    でも、みんな憧れたんだぞ。
    白いマフラの軍神が乗ってたから。
  32.   500409
    国内戦じゃなく、海外で戦うのが目的

    船に積み下ろしできることが条件
  33.   500410
    二等輸送艦ができてから、クレーン無しで浜辺から直接揚陸できるようになったけどね
  34.   500412
    日本は第一次大戦に少数ながら参戦してるんですが。。。
    マルタ島のことも知らんくせ日本軍を語られるとは。。。
  35.   500413
    銀輪部隊の方が強い(スレチ)
  36.   500466
    >二等輸送艦ができてから、クレーン無しで浜辺から直接揚陸できるようになったけどね

    浜辺からしか降ろせない船の人はちょっと・・・
    いちおう民間では昭和7年に車輌も運搬できるカーフェリーみたいな船ができてんだけどね
  37.   500512
    必要なかったから発展しなかった
    運用出来ないから発展しなかった
    というのは心慰められるけど実際には当時の日本には技術が無かったというのが最大の要因
    必要だった航空機でも軽量大馬力のエンジン開発が出来ずに防御を放棄した邪道に活路を見出だすしかなかったんだから
  38.   500582
    >防御を放棄した邪道
    とりあえず各機体の開発時期と、同時代の航空機の”同時代での”防弾装備を比較しなおしてこい。
    あと、必要な進出距離と燃料タンクと各装備の重量の関係性についても。
  39.   500583
    そもそも、防弾装備はパイロットや機体の生存性から見ても優先順位がトップに来るようなものでは決してない。
  40.   500585
    そして、航空機の防弾装備こそまさにWW2序盤を過ぎるまでは「そこまで必要なかった/必要とされていなかった」ゆえに大きく発展しなかった物の一つだぞ。
  41.   500663
    >とりあえず各機体の開発時期と、同時代の航空機の”同時代での”防弾装備を比較しなおしてこい。

    防弾装置はともかくそれを比較するとすごく悲しいことになるからやめておけ(迫真
  42.   500674
    ガルパンはいいぞ‼
  43.   500682
    >防弾装置はともかくそれを比較するとすごく悲しいことになるからやめておけ(迫真
    ぶっちゃけそれで悲しいことになるのはアメリカ以外の国全部よ。
    日本機も欧州機も用途別にみるとドングリの背比べにすぎない程度の違いしかない。アメリカがチート級にとびぬけてるだけ。ただし、電装系の運用面についてみると明確な差があるが。
  44.   500684
    なお、大戦中に急遽防弾装備を充実させていったアメリカですら、現場で「こんなん重くて使い物にならん」「的になる」「滞空時間延ばしたいから邪魔」と防弾装備を外してしまう事例が相次いでいた模様。
  45.   500887
    >ぶっちゃけそれで悲しいことになるのはアメリカ以外の国全部よ。
    防弾性能は置いといて、日本が固定脚で開放風防やらの新鋭機として97式やら96式を飛ばしてた頃、欧州じゃスピットファイアやハリケーン、BF109がブイブイやっとったんやで。
    各国戦闘機の登場時期を比較すると悲しくなるわ
  46.   501915
    >日本が固定脚で開放風防やらの新鋭機として97式やら96式を飛ばしてた頃、欧州じゃスピットファイアやハリケーン、BF109がブイブイやっとったんやで

    あのあの、BF109って航続距離どころか上昇力でも運動性でも97式に劣る上に速力も97式と同程度なんですが。
    ついでに言うと、97式が旧式化して置き換えが進んでる間もBF109はバリバリ現役にならざるをえない状況だったんですが。
  47.   501916
    開放風防だの固定脚だのそんなもんで悲しくなるなら、「布張り複葉機がずっと現役ばりばりでブイブイやっとった」英国はどうなるのかと。
    ぶっちゃけ着眼点がズレすぎてる。
  48.   501917
    技術面で言うなら、軍の状況や開発計画、要求仕様含めてみてみれば結局は状況に応じた優先順位に基づくリソース配分の問題でしかない事が見えてくる。
    欧州だろうが日本だろうが米国だろうがこれはいっしょ。
    新技術の取捨選択にもそのあたりが絡んでくる。
    Bf109も九七式もスピットもお互いに"得たいもの"そのものが違っている。

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