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海外「面白い…」量より質へ…日本の侍の誕生の経緯に海外興味津々(海外反応)

海外「面白い…」量より質へ…日本の侍の誕生の経緯に海外興味津々(海外反応)

投稿者
侍の誕生

折角職に就いたのに、なかなか頭角をあらわせない時はどうしよう
強いのは喧嘩だけなんだ。。。。
日本にも侍は存在しなかった時代があったよ
じゃあ一体どうやってこの侍っていう身分が生まれて、とうとう武将が何百年も天下を取るまでに至ったんだろう?
その背景には、職業軍人が必要だった、っていうのと民間政府がそれを後押ししたってことがある
792年以前には、日本には国軍が存在してた
792年に当時の桓武天皇がこれを撤廃しちゃったんだ
この年以降、殺人は急増する

ハーイ、みんなリンだよ
今日はいつものパンダのお世話係の仕事をちょっと休んで、侍の起源について紹介するね



で、そもそも国軍を廃止したのはどうしてなんだろう?
軍はその頃までに、結構面倒な存在になっちゃってたんだ
平安時代以前には、国軍を擁するって事はグッド・アイディアだって考えられてた
反逆者に対峙するのは勿論、中国からの侵略に対して闘う軍隊が必要だったんだ
その当時の軍隊は、傭兵みたいなものだった
有事には戦力として召集されたけど、普段は農業に従事してた
このほうが、常時軍隊として抱えておくより安上がりだったんだろうね
政府は、何もないのに何千人もの兵士を常時抱えておくほどお金に余裕がなかったんだ
まぁ、国民全員が1セントとか寄付したら違うんだろうけど。。。。。
それはさておき、20歳から59歳までの健康な男子は、有事の際に兵士として徴兵されることになってた
全ての対象者は、毎年平均で1ヶ月位軍に従軍してたらしい
県や軍ごとに軍隊は形成されてた
ほとんどが軍事訓練なんて受けてない兵士だったから、軍隊は歩兵が主力だった
兵士は槍を支給されて、「兎に角尖った先を前に突き出せ!!」って言われたんだ
歩兵だけ、ってわけにも行かないから、弓を使う騎馬兵も存在したよ
弓はトレーニングが必要だったし、農民は馬なんて持ってなかった
騎馬兵は上流階級出身だったんだ
そんな軍隊を、何で又廃止したんだろう?
色んな問題はあったんだ
召集に応じない奴とか、持ち場を勝手に離れちゃう奴とか。。。。
郡の長が、軍隊をそもそもの目的外のことに勝手に使っちゃったりとかね
反逆者や侵略者に対峙するだけだと、あんまりすることも無かったし、農作業に従事させたりしてたみたい
当時の宮廷の文書で、郡の長に対して軍隊を自分の農地を耕すのに使わないように、って言うのがあったよ
従軍してた男子も、戦闘に向いてるようなのはほとんどいなかった。。。
きちんとしたトレーニングは無かったし、宮廷も最後の方には、従軍したくなかったら家に帰ってもいい、なんてやわなことを言い出した
で、代わりに騎馬の経験がある人たちを重用し始めたんだ
量から質への転換だね、逆ユーチューブ効果、って言われてたんだ
792年には中国は内政問題を抱えていたから、そこからの脅威は収まったし、軍自体が抱える問題も大きくなっちゃってたから、桓武天皇はこれをバッサリ切り捨てることにしたんだ
えー、それじゃ政府はどうやって国を護るのさ??
宮廷は軍を取っ払っちゃっただけじゃなくて、残った兵士を私兵として雇い入れることにしたんだ
新しい軍事組織の誕生だね

これらの兵士は、新しい階級なんかを与えられて、兵力を必要とする武将の下に送られた
反逆者退治なんかは、少数で機動力のある騎馬部隊の方が効果的だったからね
それで、800年には職業兵が現れたってわけ
戦の舞台は、彼らにとっては出世への近道だった
平安時代の宮廷は、政治の場での争いにしのぎが削られてた
宮廷の官吏の数は限られてたけど、このポストを狙ってる人の数はすごかった
当時、自分が宮廷でどこら辺まで出世できるかっていうのは、自分がどこの家系の出身にかかってた
藤原氏に繋がってたら、最初から高位につけて、そこから更に出世する可能性も高かった
家の後ろ盾が無かったら、藤原氏のお茶汲みぐらいがせいぜいだったね
自分が属する社会以上のところにいける可能性はほとんど無かった
高校時代のクラスでの位置づけが一生続くみたいなもんかな
そんなに家柄が高くない貴族は、宮廷内で出世することは先ず無理だった
高位の家柄でも、次男や三男になるとそんなに良い位に就けなかったりもしたよ
これの問題を解決したのが、戦場での働き具合
戦場での活躍が、宮廷の耳や目に留まれば、高い位に取り立てられることも可能だった
日本社会に“武士”っていう新しい階層が誕生したんだ
大鍋の底から生まれた階級が、鍋が沸騰してくるに従って肉の脂身みたいに上に浮いてきた、って感じかな
鍋の火を止めても、油は上に残って固まってくるんだ
彼らは武士って呼ばれてたけど、サムライって言われる“一人の殿様に仕える者”も生まれた
平安時代の終わり頃には、武士とサムライはほとんど同一の者になった
武士も殆ど誰かに仕えるようになったからね

武士にとって成果を上げる機会は無限に存在してた
私有地が増えてきたから、土地の持ち主は自分の土地を護ってくれる者が必要だった
郡の長にとっても、税金を徴収する為に強面の奴等が必要だった
反逆者の制圧や、都市部の警備、要人警護など、活躍の機会は無限にあった
武士は集まって武力集団を形成した、まぁ反逆者よりはいくらかマシってとこだろうけどね
要人警護では、あぶく銭くらいしかもらえなかったみたい
腕力にモノを言わせた商売がはびこると、武力集団の数も飛躍的に増えた
規則なんてあってないような時代だったからね
この武力集団に取り立てられた奴らの質は千差万別
武力集団の頭のカリスマと影響力が大きくモノを言ったよ
武将の成功の鍵は、どれくらい優れた武士をリクルートできるか、ってところにかかってた
こういう武将が支持を集めたのは何でさ??
当然、人望とか尊厳とかじゃなくて、どれくらい自分が得できるか、ってとこだよ
命を懸けて闘った結果が、尊厳だけだったら話にならないでしょ
武将はありとあらゆる蜜を約束した、土地をもらえるとか農具を貸してもらえるとか、政府でのポジションとかね
この武力集団は数百人に及ぶこともあったし、必要な時はいくつかの武力集団が合体して事に当たることもあったんだ
ここで覚えておくことは、この武力集団に関する規則は存在しなかったし、政府からの有効な契約書なんてものも無かった
だから、より強力な武将からのお誘いがあれば、ロイヤルティなんて一瞬で吹っ飛んじゃうよ
軍隊には階級があって、武将の下にはサムライがついていて、その下にはまた誰かがいたんだけど、直属の上司が他の武将の下に行っちゃたら、その下の武士全員が彼について行っちゃう、っていう有様
こんな環境の中で生きていた、高貴な家柄だけど無聊を囲ってた奴らの中には、そのまま首都にとどまって要人警護なんかに就きながら出世の機会を模索してた奴もいれば、地方に出てそこで自らの運を試そうとした奴らもいた
このような新しい潮流の中から生まれたのが、平家と源氏
両家は、地方での勢力拡大に尽力しながら、首都ではより強力な家々とのコネを作ろうと奔走した
両家は天皇家とも繋がっていたから、武士をリクルートするのにそんなに苦労はしなかった
天皇家との繋がりは、地方で勢力を伸ばすのにも役に立ったよ

そんな理由で、サムライは日本に誕生し、後々は天下を取るまでになった
皆は、サムライは中央政府に国家の軍隊が存在しない隙を狙って、自分の勢力を拡大したってだけのことだろう、って考えてるよね
平安時代の貴族は、みんなで集まって和歌を暗誦したりするのに忙しかったんだけど、全く間抜けってわけじゃなかったよ
サムライは平安時代のすべてに渡って存在してた
サムライは1000年に渡ってこの政府を転覆させる機会があったけど、実際のところそれは起きなかった
平安時代の宮廷は、サムライをきっちり支配してたんだ
平安時代、全てのパワーは首都に集中してて、そこから権力が配分されてた
サムライを含めたすべてが、この階級制度に組み込まれてたんだ
首都を離れて地方で勢力を伸ばそうとした貴族でも、折に触れて首都に出かけて自分の政治的なコネを維持しようとしてた
戦は、中位や下位の貴族がそれ以外に政権で出世の道がない時に上にのし上がっていく為の手段だったよ
この戦いでも、勝利は武将のモノって言うよりは、その地方勢力のモノだって考えられてた
首都のモノだって考えられなかったのは確かだね

戦が出世への階段だった
宮廷で戦に関わっていなかった貴族たちは、強力な武将と関係を築こうとしたんだ
源氏が藤原氏の支持を勝ち取り、平氏は引退した天皇からの支持を取り付けた
宮廷は武将に階級と正当性を与えて、武士が勝手に戦を始められないように仕組んだ
例えば、源氏がある地方の宮廷を攻撃したら、そこの長は自分の抱えてるサムライに階級を与えて、源氏を謀反人として成敗することができたよ
サムライ自身も自分たちの特殊性を認識してた
サムライたちは自分たちを、宮廷に使える貴族で、戦いに絡んでる立場だって考えたんだ
そんな理由で、平安時代には軍事クーデターは殆ど起きなかったのさ
勿論、平安時代の終わりにクーデターが発生したから、平安時代は終わっちゃったんだけどね



これって中東でMamluksがスルタンに仕えるのに嫌気が差してスルタンを追い出しちゃった、っていう経緯に似てるね




当時のサムライが戦好きだったのは、ビタミンB1の欠乏が影響してたのかも。。。。




792年以前の軍隊に寄付したいけど、オンライン決済とかできるのかな??




武士道が形成された背景には、色んな紆余曲折があったんだねぇ




少なくとも平安時代には未来に希望が持ててた、今はお先真っ暗だよ。。。。




えー、トム・クルーズが日本のサムライをトレーニングしたと思ってたのに




サムライの文化って世界中で似たようなものがあるよね




武士道と騎士道って類似点がたくさんある




この辺の出来事は、日本の歴史で一番面白いところだね




Karl Fridayは日本の平安時代の歴史に関する大家だよ




サムライが誕生した背景は分かったけど、忍者はどの辺で誕生するんだろう???




戦いで成果を挙げたけど、出世できなかった武士とかもいるんだろうね。。。。




わーお、こんな時代の出来事を英語で紹介してもらえるなんてラッキー




サムライってすっごくクール!!




ヨーロッパの騎士とか、ロシアのコサックとかも似たような歴史があるんだろうね




うちの息子5歳だけど、兎に角この動画見続けてて、日本の歴史にすごく詳しくなってるわ




サムライの組織って、ねずみ講みたいな感じだったのかな??




日本では、明治時代の幕開けみたいな天下を2分しての戦いって他にもあったのかな?




会社のために命を捧げる、っていう土壌はこの辺から生まれたのかな




武士が花形だったって言えば、戦国時代でしょう




792年までの日本の国軍は、中国の明王朝と同じような問題を抱えてたんだね




当時の日本の軍隊も、外国軍が攻めて来ると神風が吹いて敵を蹴散らす、って信じてたのかなぁ




https://www.youtube.com/watch?v=O6xgz4p2d60
Comments
  1.   510404
    ㊀源平合戦 ㊁関ヶ原の戦い ㊂戊辰戦争
    大きな二大勢力に分かれた中で歴史に大きな転換期があったとするとこの辺かな

  2.   510405
    アメリカなら射殺されてるね。
  3.   510406
    743年公地公民の制度に穴が開いて土地所有が認められ、
    国軍が廃止されると、その私有地を守るために自ら武装した農民が武士の始まりだろ
    まあほとんどは元々その地の有力者だったんだろうが
  4.   510408
    管理人めっちゃ翻訳頑張ったな笑
  5.   510409
    「平安」とは名ばかりの「物騒な時代」だった。
    朝廷が検非違使と言う軍事機構を廃止した。
    つまり国家警察も無くなった訳。
    で・・荘園を守る為に貴族達は「私兵」を雇った。
    私兵・・いわばガードマンな訳。
    ガードマンが、雇い主の貴族や皇室をしのぎ、権力を持ったのが日本の武士・侍。
  6.   510410
    律令の徴収される兵士の標準装備に弓とか大弓とか入ってなかったっけ?
  7.   510411
    つーか武士も平時は農民なんだけどな
    土着の豪農が戦いになると郎党を率いていくって感じで
  8.   510412
    武士は元々天皇を守護するものとして生まれた
    武家の名門はそれを誇りに発展したから先祖崇拝の強い日本では武家が政権をとっても天皇に成り代わる事はしなかった

    なぜならばそれは天皇ばかりでなく先祖に背信する行為に繋がるからだ
    天皇に弓を引く事は自分のお家の成り立ちと存在意義を否定する事に繋がるためできなかった
    また、単独でやろうとしても大義名分を失うため他の武家がついてこなかった
  9.   510413
    南北朝だな天下の2分っていったら
    朝廷が2つに別れて事実上日本が2つになったわけだし
    戦国時代のきっかけでもあるし
  10.   510414
    元々半農半武士のようなものだったので農繁期の戦では兵士が必要な分だけ集めるのは難しかったようだ。
    信長が尾張→美濃→安土と移っていった事によって武士は農地を離れて専門の戦士になった事で確立した。
  11.   510415
    外国人としてはかなり的確にとらえている記事だな
    ここまでだと義務教育で習ったレベルの日本人を超越してるな
    都落ちとか北面の武士とかそういう単語が出てきても説明できない
    日本人はごまんといるどころか500万以上いると思われるw
  12.   510418
    あせぇ
  13.   510420
    妄想日本史な(笑)
  14.   510421
    >あんまりすることも無かったし

    これw
    結局、唐は侵略して来なかったからな。
    白村江の戦いで敗北した後、天智天皇は唐からの侵略を恐れ対馬に防人を設置したり色々やったけど、さっぱり攻めてこなかった。
    大陸人が侵略してきたのは、それからずっと後の鎌倉時代だし。

    でも「兵を100年養うは何と心得るか!」と山本五十六も言ってたような気もするし。
    無駄になったとしても他国からの侵略に備えて国防するのが国の務めだ。
  15.   510422
    平氏も源氏も天皇の子孫だしな。
    治承・寿永の乱で勝利した源氏が、その後も武家の名門となったし。
    将軍も源氏でないとなれない暗黙の了解が。
    天下人の秀吉でさえなれなかったし、家康は源氏を名乗ったけど系図が怪しいし、遠く離れた琉球国王まで源氏を名乗った。
    日本で天皇が滅ぼされなかったのは、支配の正当性を血筋で証明しなければならなかったからだな。
    権威の象徴が居なくては自身の権力の正当性が無くなる。
  16.   510424
    臣籍降下から書かないとダメやろ
    税金を納める側じゃなくて使う側の人間が増えすぎた事によって
    後継ぎ以外の皇族や公家の子弟たちを皆貴族から平民扱いにした
    その代わりに領地を与えられそこでの経営で収入を得るようにした
    それが武士の起こりであり 皇族から臣下へ落ちたのが桓武天皇の子で後の平氏の始祖や清和天皇の子で後の源氏などである
  17.   510426
    頼朝一族以降の北条は平氏系でそれを倒した足利は源氏系でその足利氏を追放した信長は平氏系
    つまり平安以降は源平の争いの歴史
  18.   510440
    武士の成り立ちは一つじゃないからなぁ
    この説明だけだと微妙
  19.   510447
    嘘ばっかだな
    源氏、平氏とも清和天皇など天皇家から出た防衛部隊
    北畠家や公家皇族直轄部隊
    それに平安中期頃からは既に皇室の権力は失墜していたし
    その上、武士と言われたのは戦国頃から
    それまでは侍が基本
  20.   510453
    武士ってもんがそもそも国軍が廃止されて治安が悪化したために、
    地方の各地で商人や農民が自分の商売や土地を守るために武装したもので、
    中央から派遣されてきた国司が土着してそうした武士と結びついたりしながら、
    武士勢力=私有地が拡大していき、公有地が減少していく
    中央貴族もまた自分たちの私有地=荘園を拡大していって、
    班田制っていう国家体制を蚕食するのに一役買った
    っていうような社会の基底が動いていくのが武士の台頭に繋がるわけで、
    そこに源氏や平氏が乗っかったものとして捉えないと、後の武士による武士のための鎌倉幕府成立がわからなくなる
  21.   510455
    西欧の王権神授説、形式上教皇が与える
    教皇を殺そうなんて思うのは、よほどの異常者
    武士も王も元々天の下、当然天上人ではない、認めてもらったり、保証してもらう必要がある
    統治の正当性を
    当然天上を守護し、忠誠を誓うから、保証してもらえる、日本では血血縁であることで繋がりを強調した
    昔から大陸より血が大事よ
    裏切らない証信用になる
    今でも日本人の血が流れていれば、大概は、日本を(何があっても)裏切らない逃げない戦う、証になる(全員ではないが 笑)
    裏切るのは半島の血

  22.   510456

    コウモリblood
  23.   510457
    平安時代に現代よりマシな未来があったとは思えんがなぁ
    当時が勝るのはそれこそ藤原氏とそれに連なる連中くらいでは

    海外の目線だから大量に抱え込んでる難民が我が物顔で暴れてる国とかかもしれんが
  24.   510458
    日本西欧でも、(天上に)忠誠を誓うから武士騎士であり、でなければただの暴力集団暴連隊
    その国の正義(大義)に根ざしている、よって名誉が生まれ、名誉がより武士騎士を強靭にする
  25.   510459
    (名誉によって、)統制もとれる

  26.   510463
    >当時の日本の軍隊も、外国軍が攻めて来ると神風が吹いて敵を蹴散らす、って信じてたのかなぁ
    どこからそんなデタラメ聞いてきたのこの外人
  27.   510509 👺
    要するに、「忠誠」と「名誉」がなければ、武士騎士軍人ではない
    自衛……、バカにしているわけでは全くなく、我が国の守護者に「忠誠」と「名誉」をハッキリと与えてあげて欲しい

    また、過去の事だが、日本軍への捏造、誹謗中傷、盛り話、名誉を奪う行為は言語道断(美化でなく)
    名誉を奪う者たち、どこの誰だろうと、打ち倒さなければならない
    (それが嫌なら、プロパガンダで勝てや)
  28.   510512
    今とばしながら初めて見たが、個人の恩賞=名誉の証(手柄を立てた、武勇の証)だからだ、でなければ、名誉を証明、示せない

    江戸時代、商人が余程大金持ちで、武士はド貧乏になった
    だが、武士から商人になろう(パーソナルゲイン)なんて者は、皆無
    武士であり続けることを選択し続けた

    ※外人が、日本人ですらない外人が、日本歴史を語ることほど、滑稽でお粗末なことはない
    正確性はZEROで、根本的なことさえあっていない
    頭の良い外国人よ、「外人が語る日本」に耳をかすな、時間の無駄どころか、真実が見えなくなるから、見るのをやめよ
    聴くなら、まともな日本人に聴け、外人は全く理解できていない(あんたにとって、有害)

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