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海外「奥が深い…」肥やしが日本経済を発展させた!江戸時代の究極のエコシステムに海外興味津々(海外反応)

海外「奥が深い…」肥やしが日本経済を発展させた!江戸時代の究極のエコシステムに海外興味津々(海外反応)

投稿者
肥しが日本経済を発展させた

今日は、江戸時代の日本でいかに肥しが重要視されて都市の発展に貢献したかを紹介するよ
江戸時代、日本にはヨーロッパの都市よりもうんと大きな都市が存在してた
江戸(今の東京)は、中国の北京と並ぶ世界中で一番大きな都市のひとつだった
1700年のロンドンの人口は575,000人だったけど、江戸では100万人が暮らしてたんだ
ヨーロッパの都市の汚さは酷いものだったよ
ゴミは家の前に放り出したまま
街を歩いてる馬たちはどこでも糞をし放題だったし。。。。
日本の都市はそれより大きかったから、さぞ汚かっただろう、って思うだろ?
海外からの使者はいつでも、日本のきれいさにビックリしてたよ
道をきれいにしておくようにって言うお触れがあったし、う〇こはすごく貴重なものだったんだ、売買されてたんだよ!
食べ物の質が良くなると、下から出てくるものの質も良くなってきて、それがますます食材の質を上げていくって仕組み



さあ、う〇この話に戻ろうか
う〇こ、夜の土、お尻の恵み。。。。
ヨーロッパ人がう〇こを全くの無用の長物だって考えたのとは違って、日本ではう〇こを誰かにお金を払って始末してもらうものじゃなくて、逆に誰かがお金を払って買いに来るものだったんだ
う〇こは肥料としてすごく優れてるんだよ
日本の神道では厠(トイレ)の神様何て言うのまでいるくらいだから
豊作を願ってお祈りするんだって
う〇こは捨てちゃうんじゃなくて、溜めておいて肥料として使ってた
ヨーロッパでもう〇こはある程度は肥料として使われてたらしいけど、日本ほど熱心じゃなかったみたい
これにはいろいろな理由があるよ
当時の江戸の人口は爆発的に増えてた、僕のYouTubeチャネルの登録者数とは全然違うよね。。。。。
そのおかげで、食糧需要はうなぎのぼりだった
人口が増えるにつれて、肥料としてのう〇この量も増えて行った
神様は日本人に農業に適した平地を十分には与えてくれなかったけど、狭い土地から効率的に作物を育てる手段を与えてくれた
おまけに当時日本には家畜なんてほとんどいなかったから、それに代わって肥料を調達しなきゃならなかったし
それで、道端の土を芳醇なものにする代わりに、農地で活用することにしたんだ
ヨーロッパでは道端に肥溜めを作って、そこにう〇こを捨ておいてたんだけど、日本では法律があって道を汚すことは許されなかった
日本の道路はヨーロッパよりうんときれいで臭いもしなかったよ

大阪ではう〇こ経済が花開いてた
江戸時代以前でも、大阪ではう〇こをやり取りの対象にしてたんだ
そのおかげで、大阪の周辺の土地はすごく豊かになったよ
その後大阪はう〇この輸出も始める。。。。
う〇こを船に積んで、川沿いの村に売って歩いてたんだ
この交易があまりに拡大したから、皆との近くの住民から文句が出たりしたらしい
う〇こもその他の商品も一つの船に混載してたからね
地方政府も、う〇こがあまりに重要だったから、住民に我慢しろって言ったんだってさ
政府はどうやってう〇こを保存しておくか、っていう指示書まで出してた
高貴な家から出たう〇こは、貧しい家からのものより高く買われていた
高級娼館から出たう〇こも高かったんだって
江戸城からのう〇こが最高値で取引されて、選ばれた者だけが江戸城の肥溜めからくみ出すことを許されてた
侍や金持ちは栄養価の高いものを食べてたから、下から出るものにも栄養価が残ってるだろうからね
子供や母乳を出してる母親のう〇こは価値が低かった
う〇この良し悪しを判断する職業まであったんだ
肥溜めを見ただけで、その家が金持ちかどうかを判断できるって、自慢話まである
彼がどうやって判断してたかって記述までは読む気にならなかったんだけど。。。。
江戸時代にこの肥しの値段は、天文学的に上がっていった
僕のYouTubeチャンネルは散々だけど。。。。。
最初はこの肥しは野菜との交換で商売になってた
肥しを運んだ船は、大阪に野菜や果物を持って帰ってきた
肥しが栄養となって育った野菜が大阪に戻ってきて、それを食べた人のう〇こがまた農村に戻っていくってシステム
昔の日本の作家は、コメが肥しを生み、それがまたコメを生む、って言ったものさ
でも100年後には、この肥しを扱ってる業者は、肥しを銀と交換することになる
コメの値段が上がっていくにしたがって、肥しの値段も上がっていった
誰も野菜と肥しの交換では満足しなくなって、銀を要求するようになってた
貧しい農家では、肥しなどとても買えなくなって、そういう農家は肥しを盗むようになっていく
肥しを盗むのは、恥ずかしいことだったけど、背に腹は代えられないからねぇ
喧嘩になったり公事で訴えたりするようになってきた
肥溜めさらい、は結構複雑なシステムで、農家は家々を回って肥溜めさらいをしていく
週に何回とか月に何回とか決めて、回数券みたいなシステムをとってたんだ
う〇ことおしっこでは、その値段に差があったよ
肥溜めは家ごとに設えてあったけど、借家の場合はう〇こは大家におしっこは店子に属していた
一年間で10人分のう〇こは、一人が半年暮らしていけるコメの値段に相当した
大家さんの収入はかなりのものだったってこと
店子の数が減った長屋では、大家の肥溜めからの収入が下がるから家賃が上がることさえあったみたいだ
大阪政府は、肥溜め会所を設けた
この会所は、各肥溜めの管理の仕方と値段の調整をしてたんだ
後には協会に発展して、値段の一律管理とかもやってたよ
どの会員がどこから肥しを買えるかって言う決まりも作ってたんだ
当然、会員間での利権をめぐる争いとかは起こったね
肥溜めをさらう業者はおしっこには目を向けなかった、それほど価値はないって思われてたからね
そうこうしてるうちに、おしっこを集める業者が出てきた
大阪では、わたなべ村がおしっこを回収する利権を手に入れた
おしっこ用の桶が街角には設えてあって、業者はそれを回収していくんだ
わたなべ村はそのうち、この分野での独占権を得る
このおしっこ桶がどんなものだったかは写真には残ってないけど、多分男女共同で、周りから見えないように囲みが作ってあったんだろうね
肥溜めさらいを生業にしてた人たちは、当時の社会の最下層の人々だった
でも、この事業はすごく儲かったから、そのうちに最下層の人々でも大金持ちになる人が出てきた
わたなべのライバルたちは、その牙城を崩そうと奮闘した
お上に訴えたり、街角のおしっこ桶に砂を混ぜたり、桶から黙っておしっこを盗んだりしたんだ
どれもうまくいかなくて、わたなべの繁栄は続いた
おしっこ桶を使ってる人たちは、その裏でどんな戦いが繰り広げられてたかなんて、想像もできなかっただろうね

首都の江戸でも肥溜めビジネスは繁盛してた
“江戸の人々は食事にありつけるお礼をお尻で返す”って言われたものだよ
肥しビジネスはすごく大きなもので、江戸に出入りする商船の4分の1は肥溜め事業の船だったって言われてるよ
船の水主たちは、どうやって船をきれいに保って、野菜も積めるようにしていたかってことを自慢しあったものさ
肥しに水やちり紙を混ぜて嵩を増して高く売ろうと企らんだ奴らもいるらしい
農村は農村で、肥溜めさらいができる街を確保しようと画策した
大名の中には、肥溜めさらいを許可する代わりに大きな大根150本、または中くらいの大根2000本か、2両を要求した所もあった
商機に長けた若者は、役所と掛け合って街角に自分のおしっこ桶を設置できるようにしようとした
これは、見た目と臭いの関係で許可されなかったんだけど。。。。
江戸は将軍のおひざ元だったから、どこでもここでもおしっこ桶があるのは避けたかったんだね
糞尿の収集ポイントを個別に作ったことの利点は、水のサプライポイントと糞尿を分けることができたこと
江戸の水は当時のロンドンや他のヨーロッパの国々より余程きれいだったよ
江戸は当時のヨーロッパの高度な浄水技術なしに、水をきれいに保つことに成功してたんだ
江戸では、汚水が飲み水を汚染したりすることはなかった
当時のロンドンでは、汚水はテムズ川に垂れ流しで、人々はその川からの水を飲んでたから水で中毒になる人がすごく沢山いた
それに加えて、肥溜めとかもきちんと管理されたなかったから、いたるところに汚物があふれ出して地下水に流れ込んだりもしてた
近代になってからは、この問題は解消されたんだけどね

この日本の肥溜めによる経済発展は、ヨーロッパの下水技術が確立された後で衰退を始める
日本ではたい肥はものすごく役に立つ代物だったから、当時下水処理技術を発展させる必要は全然なかったんだ
ヨーロッパの下水処理技術は1800年代後半から1900年ころにかけて発達した
その頃から、ヨーロッパ人の日本に対する評価は変化してくる
日本の水のきれいさを称賛したものから、肥溜めや街角のおしっこ桶の臭さを批判するものになったんだ
誰もが街角でおしっこしたり、肥溜めさらいの桶を担いだ人が通った後での悪臭に我慢ができなくなってきた
この話を聞かされた幕府は、近代化の必要性に気づかされた
お触れをだして、悪臭やトイレの環境を整備しようとした
それでも肥溜め産業は生き残り続けてた
ようやく、東京の人口が肥しの需要を超えるようになり、肥溜め業者が市民にお金を払うのではなく、住民が肥溜め業者にお金を払って肥溜めを浚えてもらわないといけないようになった
これが、日本が近代的なトイレと下水道に移行した時代の始まりだよ
1980年代になって、やっと日本の殆どの地域で下水道が引かれるようになったんだ
多分そこから、日本の衛生業者はすごく頑張ったんだと思う
だって、今じゃ日本のトイレは世界一だよ
あったかい便座やウォッシュレットなんて最高でしょ



2048年には世界は肥溜めさらいをビジネスにするようになる、って書いたロシア人の小説家がいるけど、彼は日本では江戸時代に既にそのビジネスモデルは確立されてたって知らなかったんだね。。。。。




今でもモーツァルトが生きてたら、この動画に大喜びしたと思うよ




1858年にはテムズ川の大陥没が起きたってことは、日本では知られてるのかな?




食物連鎖のサイクルって、すごく奥が深いね




人糞や動物・人間の死骸は道端にほったらかしになっていた。。。。。




江戸時代でも今でも日本にやってくる外国人は、街のきれいさに感心してるよ




日本人のきれい好きには年季が入ってるんだね




僕の街の動物園では、動物たちのう〇こをお土産物屋さんで売ってるよ




江戸時代の日本人は肉を食べてないから、う〇こはそんなに臭わなかったのかな?




肥溜めを巡って争うって、なんか悲しい。。。。。




トイレに入りながらこの動画見てたんだけど、考えるところが多い




月曜日の朝からトイレの事を真剣に考えてるよ




江戸時代の日本では、便秘は犯罪だったんだろうか?




大名にとっては、武士を抱えるよりも肥溜めが多くある方が儲かったんだろうね




何事も無駄にしないって言うのは大切だね




肥溜め評論家!




こんなトピックを10分以上語る動画って、他にはないだろうね




名もない人たちが日本の歴史に貢献してる、っていう証明だよ




ふーん。。。。。




あぁ、晩御飯の前に見るんじゃなかった。。。。。




日本人って、昔から細かいところまで考えて生きてたんだね




小さめの大根だったら2000本って、その大名大根好きだったんだねぇ




街をきれいにするためには、肥溜めをしっかり管理すること!




これからは毎日トイレの神様にお祈りするようにしよう




https://www.youtube.com/watch?v=0tYaXBkiq70
Comments
  1.   527281
    うんこは、紙のゴミ同様に被差別民の権利だった。
    武士の方が旨いものを食っていたから上等とされ、
    うんこ代も高かったそうだ。
  2.   527282
    100万都市を維持する、食べさせることが出来た、400年前。
  3.   527283
    子供の頃は農家のあちこちに藁を積んで其処に便をかけた堆肥づくり場があった。
    そこには1cm近くの太くてテカテカのドバミミズと3〜4ミリ程度のミミズが繁殖して魚捕りように使い分けていた。
    太いのは深夜に仕掛け、朝収穫に行くウナギとナマズ用、細いのはハゼ釣り用だったな。魚も豊富でよく釣れた。
    思えば、よく平気でうんこのしみた土をほじくり返していたものだ。
  4.   527285
    仮面の告白の"汚穢屋"の時代にも田舎に運ばれて有効利用されてたんだろうか?
  5.   527286
    はぇ~
  6.   527287
    >>1980年代になって、やっと日本の殆どの地域で下水道が引かれるようになったんだ
    未だに水洗便所から下水道に直接流せるようになっておらず、浄化槽に汲み取りにくるような地方都市はあるぞ
    また地下の排水や水洗トイレは下水道より低い位置の浄化槽に溜めて、下水道完備でもくみ取りで回収するしかないし
  7.   527288
    江戸の川には鮎が泳いでたっていうから
    同時代の欧州都市に流れてた川とはウン泥の差
    世界最大の都市でそれ
  8.   527289
    家賃取らない長屋もあったってね。大家にしたら住人の糞尿が家賃代わりだったとか
  9.   527290
    生野菜を食べる習慣があまりなかった理由でもある
  10.   527291
    お隣の韓国では更に進んで
    食用にしておりました
  11.   527292
    ウンコといったって、ウンコを畑にかけてたワケじゃなくて
    肥え溜めに溜めとくことによって高温発酵をおこして
    寄生虫とかを処理して堆肥化させてた事をちゃんと言及してほしかったな
    それでも漏れはあるからやっぱり野菜は生じゃ食べなかったけど
  12.   527293
    >うんこは、紙のゴミ同様に被差別民の権利だった。

    コイツは、歴史を知らない愚か者wwwwwwww
  13.   527294
    そういやあモーツァルトって毎朝自分が出したうんこに話しかけたりうんこの曲とか作っちゃうド変態だっけ
  14.   527296
    >>12
    皮革業や死体処理や汚穢の業は穢多の仕事とされてたはず
  15.   527297
    >>1
    >うんこは、紙のゴミ同様に被差別民の権利だった。
    それは嘘、糞尿は近郷の農家が直接家主から買い付けていた
    江戸時代の後半になるとおわい屋と呼ばれる糞尿の汲み取りを専業とする職業が民間から産まれた
  16.   527298
    人糞は毒素が含まれてるのでそのまま撒いたら土壌汚染する
    普通ならここで使うのを諦めるが
    日本は肥やしで解毒するのを自力で発見できた
  17.   527299
    東北の村とか、家が一番上にあってあって
    まず台所で水を使い、その水が便所を流す水になり、そして肥溜めへ
    という洗練されたシステムだったそうだぞ
    もちろん今は違うけど

    一方、ヨーロッパではベッドで寝るのは貴族と金持ちのごく一部、多くの人間が糞尿滴る家畜と寝起きを共にしていた・・・文化の違いとは言え衛生観念が違いすぎる
  18.   527300
    一食一晩の恩にその家で糞するのは礼儀
  19.   527304
    便所持ちの家の人間と喧嘩したら「おまえのとこでクソしてやんねえ!」とか捨て台詞吐いてたらしいな
  20.   527305
    江戸時代のエコサイクルは半端じゃねぇからなぁ
    ・・・現代のリサイクル率が10%と換算して90%くらいのリサイクル率

    こういう言い方をするのはゼロエミッション達成とか言うてる状態でも40%にも達して無いレベルだからwww
     マジでほぼゴミは人間の死体だけってくらいゴミが出ないのが江戸時代
  21.   527306
    街中は極めて清潔だけど肥溜めの臭いがキツイって言ったのはペリーのお付き画家だっけ
  22.   527309
    肥料が大量にあれば、下水が垂れ流しで逆に汚くなってたかもね。
  23.   527325
    排泄物そのものを食べることも日本人はやってた。
    古の頃より日本人は糞に始まり糞に終わる生活をしてきた。
    糞が日本の食文化そのものなんだよ。
  24.   527329
    野菜売りに来た近郊農家が肥を買い付けて帰ったってのは知ってたけど、回収業者ってのも居たのね。
    あと、房総あたりはイワシの堆肥で大儲けしてたはず。
  25.   527330
    超絶フィクションだったら申し訳ないが刀傷を負った
    人間がよく発酵した肥溜めに浸かるってのは
    とてつもなく理にかなってるなーと

    あときっちり発酵出来てたら悪臭ってしなくなるのでは?
  26.   527336
    肥溜めは複数作って発酵した奴から使うので、結局のところいつもどれかの肥溜めが臭い
  27.   527339
    俺に焼肉ごちそうしてくれたら お礼にうんこしてやるぞ
  28.   527341
    >う〇こは捨てちゃうんじゃなくて、溜めておいて肥料として使ってた
    全然分かってない
    糞尿を肥料として使ったんじゃなくて糞尿から肥料を作ったんだよ
    現在は石油から化学肥料を作るけど石油を肥料として使っているわけじゃないだろ?
  29.   527365
    ※527325
    地元では明治大正まで糞を食用にしていたと地域の歴史で習った。
    お米を十分に食べられなかった証拠だろうな。
  30.   527367
    今は肥料も鉱物資源頼りだけど、鉱物資源が涸渇したら、また人糞を活用しだすかもな。
  31.   527381
    >>527325

    お国を間違えてますよ
    偉大なる祖国にお帰りになられた方がよろしいかとwww
  32.   527385
    糞食の韓国人が湧いてるねw
    自国の文化を日本の~って嘘書いていて呆れた
    いい加減認めなよ、朝鮮半島では糞食が普通だったってことにさw
  33.   527419
    大根はそのまま料理してもいいし、干してもいいし、漬けてもいい
    大根葉も美味いし大根皮の干したやつなんか良い出汁が取れるぞ
  34.   527429
    発酵させないでそのまま蒔いてるから
    半年に1回虫下しを飲んでるミンジョクがいるらしいね
  35.   527580
    江戸時代のし尿回収のレートを知ってたら、ねぇ
     引き取ってもらった方が割が良いのに某半島ミンジョクは足れ無し文化だったんでアレなのよねぇ

     ほぼ流れない側溝に全部垂れ流しでそこの水を飲食掃除にまで使う文化だったんよねぇ…日本じゃありえないんだけどさ
  36.   528039
    江戸の街が清潔だというのは見かけ上の話
    うんこを入れる桶には蓋も無く走って運んでるからバシャバシャと溢しまくってた
    風が吹けば桶屋が儲かるの話で砂埃を受けただけで失明するのはうんこが染み込んだ砂だから

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