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外国人「なんで戦国時代の日本はあんな大規模な軍隊を持つことができたの?」(海外反応) - ­海外反応 キキミミ

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外国人「なんで戦国時代の日本はあんな大規模な軍隊を持つことができたの?」(海外反応)

外国人「なんで戦国時代の日本はあんな大規模な軍隊を持つことができたの?」(海外反応)

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投稿者
なぜ封建時代の日本はこんなにも巨大な軍を持てたのか
1600年の日本とフランスの人口は2000万人程度だった
 しかし日本国は20パーセントから30パーセントフランスよりも小さく、フランスは他のヨーロッパ国に比べて人口が多いと見なされていた どうして日本の人口はそんなに多かったのだろうか?
 このような人口でも日本は非常に大きな軍を持つことができ、大名は1万人の軍を持ち、関ヶ原の戦いでは8万もの軍を両側で持つことができた どうして日本はこのようなすさまじい数の軍を持つことができたのだろう?



これは間違ってるよ 日本はヨーロッパに比べたらそんなに軍は保有してなかったよ
 ウィキペディアによると1461年のタウトンの戦いのころのイギリスでは人口330万人で戦えるひとは6万人くらいだった 人口の1.82%は戦いに参加してたんだ
 1632年の三十年戦争のころのスウェーデン軍は1万9千人ほどでスイスの人口の1.27%だった それに比べて関ヶ原の戦いの16万人っていうのと大阪での戦いの25万人っていうのはパーセンテージで表すと0.8%と1.25%だから実際の割合でいうとそんなに多くないんだ
 ただ日本の人口が多いっていうのは事実だから誰かがどうしてなのか答えてくれると嬉しいな




日本がどうやってこんなに多くの軍を補ってたのか不思議に思うよ




今のデンマークとノルウェイでの人口でも13万5千人程度だよ




関ヶ原での戦いは本当に興味深いものだよ




普通大きな大名の間での戦いは3000から6000の兵が使われてこれはヨーロッパでも言えることだよ




1人1人兵士に穀物を提供していたと考えるとすごいことになるよね




ふつう6人につき100石くらいだからね




石って何?




石っていうのは織田信長が決めた図り方で一石っていうのが一人の人間が一年間に消費するくらいの穀物の量のことだよ 今でいうGDPみたいな感じ




なんだか複雑だな




ウィキペディアによると一石っていうのは大体180.4リットルのお米の量だって




栄養分もカップ一杯で206カロリーで重さも206グラムだから計算するのもそんなに難しくはないよ




つまり一石で一人の成人男性の一年間分の米として十分なんだよね?




なんだか興味深い




軍の中にもすごく様々な役割があったからみんながみんな戦いに行ってたわけじゃないと思うよ




そうなんだよ 半役, 四人役, 六人役, 六人半, 七人役とかいろいろあったんだ




そうなると軍が多くなる理由にも納得だね




だから全員に同じ量の石を渡してたわけでもないんだ




そうなると将軍の負担もそれほど多くはなくなるね




https://www.reddit.com/r/AskHistorians/comments/564h88/why_could_feudal_japan_field_such_large_armies/
Comments
 
足軽とかになれば扶持米が支給されていたけども
雑兵はその領地の領主が、百姓の長男以外をほぼ強制的に報酬無しで徴兵してた
いわば税の代わりに酷使されていた

だから多くを集められたのよ
でも風向きが悪くなるとすぐ逃げだすわけで
 
秀吉の小田原包囲戦は総勢10万~20万と言われている
圧倒的スケールよ
 
あの時代農民にとっては戦は高額なアルバイトみたいなもんだしな
男は戦で首の数が報酬で、女の仕事も首に化粧してちょっとでもよく見せたり
落ち武者狩りや、戦終わった後の死体から刀や鎧やの剝ぎ取ったりと実に無駄がない
 
兵站をどうしていたのか気になる
兵站を計算しだすと大軍を率いるのは嫌になる
費用が馬鹿でかすぎる
狭い日本で隣国と争うくらいなら数日分持参させるのでもいいだろうが
何百キロと遠征させる場合は兵站のことだけで死にそうだ
 
単位面積当たりで養える人口は麦より米の方が多いからね。
 
※161436
隣に中国がいるから霞んじまうけどな
中国からすれば日本の戦国時代は村戦みたいな規模だし
 
実は農繁期と雪の季節や悪天候の時は合戦中止だったらしいな
特に男手が必要な時期にやると農民がブチキレて一揆起こすから
 
農民兼軍人だから
 
西洋の軍はしょぼかったからなぁ
比べる事自体が間違ってる
 
米は生産性が圧倒的に高いから、多くの人口を支えられたんだよ。
だから、日本の人口は国土面積に比べてとても多かった。
 
兵力は時代にもよるけど、初期で連合無しで行くと、
小大名で5千~8千(織田・上杉氏など
大大名で2万5千(今川・武田氏など
実際、『訓閲集』を見ても、用兵は最大2万5千までしか説かれていない

織田信長でも実戦で運用したのは7万位。武士には、近代軍制の様な身体制限も無ければ、律令期や騎士の様な年齢制限もない

それに当時は石高ではなく、貫文目だった気がするが(近世1万石の小大名で200~250人の武士
 
日本が国土に対し、人口が多いのは、一つに天災の多さもあるだろうと思う。天災の多い歴史ゆえに、全滅する村も珍しくなかったし、人口を増やす事は、一種の備えとして日本人の深層心理に根付いていたんだろう
 
>石っていうのは織田信長が決めた図り方で

信長が日本を統一したと思ってる外国人多くね?w
 
欧州は国同士の戦争でようやく万単位。
ほとんどの場合は数百人規模の小競り合いしかやってないんだよな。
 
不作、飢饉が少なく連作障害もなく、収穫量の多い米作だったのも比較的狭い土地で人口が多かった理由の1つ
 
戦争してなくても国民全員飯食って生きていけてるわけで
戦争になって職種が変わっただけのことじゃん。

飯の話より馬とか兵装具の調達の方を誰も考えないんだな
 
麦と米じゃあ同じ面積あたりで収穫できるカロリー量が全然違う
さらに言えば撒いた種に対する収穫できる種の比率が圧倒的
15世紀の時点では小麦が約5倍程度だが米だと20倍以上にもなる
米は最強
だから面積あたりで養える人口が欧州よりかなり多くなる
ただし水稲には大量の綺麗な水が必要で
その点で日本は自然環境に恵まれていたと言える
 
中国のはどの時代も数字盛ってるから、三国志だろうが日清戦争だろうが二桁三桁の差は日常。
 
※161449
日本も戦国初期は国同士の戦いだぞ
末期はクーデターだけど
 
日本の人口が多いのは普通に日本の土地が豊かだからだよ
よく日本は面積が少ないというけど、国の面積だけが重要じゃないからな
(その自然を戦後は破壊しまくってるけど)
それと、日本と西洋には共通点があって、どちらも治世者が戦をするということになっている
命を懸けているから、国を治める立場に立てる
だから、民主主義になると徴兵制で国民を集めることができるようになった
ナポレオンが強かったのも軍の数が圧倒的に多かったからというのもある
反対に中国やその他古代エジプトでは、帝政であるにもかかわらず、一般市民が強制徴収されている
だから戦の規模が大きくなるんだ
 
1石に対して反応しているのが面白い。1石を取れる面積が1反で、これにより面積をそのまま人口換算できるというのが実は凄い強みの単位。年貢の取り立てもらくちん。今で言うと面積とGDPと人口が自在に変換して直ぐに割り出せるという脅威のメカニズム。地域の田んぼが何反あるか数えれば石高まで割り出せてしまう。

さらに1石は10斗、100升、1000合に相当する。だいたい湯のみ1杯が1合で、お酒1本が一升瓶。これを使うとなんと1反という平面の面積の単位を体積で置き換えることが出来る。そして1石は金1両(名目レート)なので通貨にまで換算できてしまう。収納する時の体積と収穫時の面積と、1年分の人間のコスト、そして通貨が自在に変換できる。しかも古い単位とは思えぬ綺麗な10進法で単位が出来ているのに西欧はひれ伏すといいよ。

また10反で町になる。つまり町ってのはcityの訳というより、本来は10人生活できる面積だったわけだ。つまり自治体の区分まで綺麗に10進法で単位が分けられている。というジオン脅威のメカニズム。ちなみに約300歩で1反。で1歩は1坪なので、歩くだけでおおよそが割り出せる。あと中国の単位は日本とは全然違いあまり合理的ではない。日本に来て合理的に改変されているだけ。
 
外人は、現在の日本しか知らないからね。
ずっと昔から少子高齢化と思ってるんだろうけど。
昔は、とにかく子供が多いよ。農業には人手が必要。
そのお蔭で、人口はとにかく多かった。
外人は、農民は奴隷と思っているけど。兼業ですよ。
 
戦国時代の日本のコメの生産効率は
西洋の麦を基準にすると近代後の
化学肥料なんかを使用しだした時代に匹敵する
だから多くの人間が兵役に付ける、それだけだな
 
戦も農地を荒らさないようにしていたらしいし
荒らす場合は予め買い上げる制度もあった
秀吉は武士出身じゃないのもあって
良い相場で買い上げるから人気があったとか
 
っていうか30年戦争が始まる頃位までは西欧は実は弱小地域だからな。イスラム勢力に押されまくってスペインを失ったり、モンゴルなんかには手も足も出ない。当時の中国や中東、日本はもっとモンゴルと善戦していたことを考えると東アジアと比べると圧倒的に西欧が弱かったと思うわ。
まあ、30年戦争も一時的な盛り返しだけで、その後もボスポラス海峡からオスマントルコにウィーンの方まで押し入られたりしてるから航海技術があって無駄に野心的なだけでその時点ではまた弱い地域だったように思うわ。その後日本が江戸時代ごろにイスラムや中国や日本を含む当時の先進地域を抜き返すわけで、欧州が技術的に有利になったのは意外と最近の話なんだよね。
 
なにいってんだ
中国なら更に一桁上がるぞ
 
兵って言っても半農半士も多かったわけで
 
日本の、というかアジアの人口が多いのは、稲作だから
小麦とは話が違う
 
秀吉が小田原攻めで海軍合わせ20万人以上の軍隊を率いたのは、秀吉が莫大な資金を持っていたのと関白という位にあった為に諸侯が動かざるをえなかったからだろ。
 
日本が大きいってこともある。ヨーロッパはかなりどの国も小さな国でしかない。
 
こいつらサルフの戦いとか知らないんですかね
同時期のインド中国なんて日本よりはるかに大軍使ってますが
むしろ欧州が少ないんだよね
 
コメでも南下勘違いしてる奴いるが中国インドの誇張が入ってるから。そのままの数字で理解すると間違う。実際秀吉が朝鮮出兵したときに明と戦っているが、一般的な日本人が持つイメージと違って、明はなんとか日本と引き分けたが、その後国が傾き滅んでいるという。秀吉が死ななければ朝鮮でも日本国内で秀吉が圧倒したやり方、長期戦でじわじわと囲って兵糧攻めのような形が成立して明は経済的につぶされただろうよ。事実、明は秀吉が死んだことで延命したにすぎず、日本に侵攻してくることはなかった。中国の兵力の数字も100万とかではなくほとんどの戦いは多くて10万単位が妥当な所だよ。
 
日本の戦国時代の合戦には女性も兵士として含まれる。女性は主に鉄砲隊や兵糧の調達にかかわっていた。古戦場の跡には女性兵士の骨がよくでてくる。名前は忘れたが、徳川四天王の一人で敵に背中を見せたことが無いといわれている武将の日記(何故か日記を書く人が多い。大久保彦左衛門も三河日記を書き残している。)に女性兵士のことが書かれている。それによると、男は血を見ると怖気ずくのが多いが、女は怖気づかずに抜刀して先頭に立って切り込むのが多いと書き残している。女は強いのである。江戸中期頃になると平和な世になっているので、その頃から女の評価が変わりだし、女は弱いものという考えがおこり、明治以降さらにその考えが強まり、現在に至っている。元来、日本の女性は強くて怖いのである。現在でも男以上の女はたくさんいてると思うが。
 
お米の圧倒的な力です。
麦とは効率が違う。
ただしその分温度と水が大量にいる。
 
ちなみにサルフの戦いは、戦場にいた人数は意外と少ない

 後金側が1万5千くらい
 明側が10万くらい

あとは予備兵力なんだよね。だから実際は関が原の方が全然人数は多い。

 関ヶ原の戦いでは両軍で16万~18万程度

もし予備兵力を含めるとなると関が原の戦いも数字の数え方は変わる。徳川の本体は別にいて関ヶ原とは違う戦場で真田と対峙しているし、上杉も伊達も別に軍勢はいた。ただ、その戦場にたどり着いていないので普通はカウントしない。
 
戦国時代がとりわけ大規模の軍を動かせたのは金山や銀山が活発に開発された影響も大きいと言われてる。
信長は軍の強さはお金と合理的に考え、商業活発化させたり税の取り立てなど色々変えた。
農兵分離で大規模な軍隊を長期的に稼働させたのは信長あたりの変化が激しい。
戦乱が日本を活発化させたとも言えるがあの時代の規模は日本史の中でも特別。

ただ日本は小さいと思われているが作物的には豊かな土地で昔から人口密度は高い。元寇の中国側の記録でも倭国の軍は思ったより強くて人が多いと残っているし。

 
ヨーロッパの人口が安定して増えるためにはジャガイモの普及を待たなければならなかったから
18世紀中頃、フランスの王家の試験農場で農学者がジャガイモの適応と食用化に成功して一気に普及した
それまでは欧州は麦作で他の人も指摘しているように作付面積あたりのカロリー効率が悪いし、病害のおきやすい植物だったということもあって飢餓と切り離せない生活をしていたんだ
 
西洋って農民が戦に狩り出されたりしないんかな?
 
中世ヨーロッパの戦争は貴族間や王国間の戦争と思うが、貴族や王族は戦うことが出来る身分であり、そのため名誉や自尊心を持っていたと思うね。でも、殆どは職業軍人つまり傭兵を雇って戦争をしていたんじゃないかな? 当然ながら財力のあるほうが有利だと思うが。
 
水とお米だよなぁ
海があり山があり雪があり雨があり、
肥沃な土壌と安定供給される真水がある。
さらに
南部原産の米を台風冷害に強く
北限を超えて北国ほど美味くなるように改良した。
お百姓さんに感謝。

肉を食わない仏教戒律守れちゃうくらいだからな。
背は縮んだがww
 
※161496
勘違いしてるのはお前だろう
攻めたのは日本で明じゃない
なんで明が日本まで侵攻する必要があるんだよ
明は朝貢国の朝鮮に援軍を送って日本を追い払っただけだ
自国には1つも被害もないのに侵攻なんてする必要もない
戦線の流れを見ればなんとか引き分けたのは日本のほうだ
朝鮮一国を相手にした時はあっという間に戦線を押し伸ばしたが
明が援軍を送ってきた途端に南へと押し込まれて
結局その後二度と北へ戻すことはできなかった
客観的に見れば誰がどう見ても日本のほうが苦戦してる
 
※161596
まあ、お前が勘違いしてるのは分かるが。お前が創刊汁は、そりゃ歴史の常識を知らんからよ。当時の中国は周辺国を属国にしており、属国化しない国に対しては攻撃をしていた。まして明の側に攻め込んでくるとなれば意識からすれば反乱か征伐対象以外なんでもない。だから中国では朝鮮出兵を、萬曆東征などともいう。遠征だったからだ。さらに韓国では壬辰倭乱および丁酉再乱と呼ぶ。「乱」扱いしていて鎮圧すべき対象。
しかも周辺国を属国にするのは明に限らず伝統的なものだからな。例外は強すぎてあまり属国にできなかったモンゴル周辺国や日本位なもの
 
単位面積あたりで計算した場合、水稲から摂取できるカロリーは無茶苦茶大きい
だからこそ今でも東~南アジアは人口密集地域なのよな

あと関が原の戦い前後は、長谷堂城、上田城、大津城、石垣原など関が原以外でも戦ってるから参戦兵力の総人口比はもっと大きくなるね
 
織田信長が兵隊を職業化するまでは、農民が農閑期に駆り集められて参戦してたんだもんな。
だから、農繁期は戦をしないのが暗黙の了解だった。
 
米と麦の差に言及してる人が多いけど、実のところ中世における単位面積当たりの収穫量やカロリー量にはそんなに差はないよ
あるとすれば陸耕と水耕による連作障害と気候による差みたいのもので、寒冷な欧州の気候では米の栽培は適さないし、麦は温湿な日本には適さなかったというだけ
 
ぶっちゃけ兵士以外は米は食べられなかったからね
米はお金そのものだから
普段は大名であっても麦や粟
戦争時の兵隊さんしか食べられない貴重なもの
だからこそ募兵された時に我先に応じたのよ

戦が絶えて米を酒にまで使えるようになった
江戸時代でやっと米が普段食いできるようになっていく
 
戦国の頃には、地方地方で大名が覇権を争っていた。
そして勝利するためには強くなければならない。
富国強兵には人口の増加が必要であり、
人口の増加のためには治水や農業の発展(拡大)が必要だ。

で、戦いに明け暮れていた戦国時代の裏側では、地方ごとに隣の大名と競い合うように収穫量の増加を争っていた。

米と麦、日本としての環境の影響もあったろうけれど、まぁそう言う感じで地方が富国強兵のために発展にも力を入れていたってことも大きい。
平和な方が発展しそうな感じだけど、戦争で強くなるためとすれば、強制的な必要性ってのがあるわな。
 
日本の最大の動員兵力は20万VS10万だったが
中国は30万VS40万とかあって、あれはどうやって戦ったのか想像もつかかん。
どこで誰が戦っているのか把握できんだろ。
 
※161994
いやそんなことはない。
米と小麦では生産性に数倍の開きがあった。
米が育つ場所で小麦を栽培しても損にしかならないので小麦の生産は盛んにはならなかった。

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