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武士や源氏物語はこの時代に生まれた!?日本の平安時代の文化の豊かさに海外興味津々(海外反応) - ­海外反応 キキミミ

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武士や源氏物語はこの時代に生まれた!?日本の平安時代の文化の豊かさに海外興味津々(海外反応)

武士や源氏物語はこの時代に生まれた!?日本の平安時代の文化の豊かさに海外興味津々(海外反応)

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日本の平安時代と文化史 :クラッシュコース世界史227
日本史といえは徳川家康の時代を扱うことが多いのは忍者がいて侍がいるからですがこういう物のもとになったのが平安時代なんです



782年から1167年の間です
日本の文化って言った時には平安時代の芸術的な到達度はかなり高い物でした
とくに文学
この講義では経済や政治のことではなく文化史について話していきます

平安時代の文化というものは上級貴族のためのものでした
文化をつくるのは貴族であり、貴族は自分たちが一番興味深いとおもっていたので私たちが知る事が出来るのはそういう階級の人々についてです

よく知られているのは紫式部の源氏物語です
まず貴族についてわかるのは彼らは中国に夢中だったって事です
中国人にとって日本がそんなに遅れて見えたのは10世紀頃の日本がお手本にしていたのが数百年前に栄えた唐だったからです
その間に日本は仏教と土着の信仰を混ぜ合わせていたのは興味深いところです
その当時の貴族は色や儀式、仏教的な考え方が大好きだったのです
仏教の中心的な考え方として何もかもが美しいけれどなにも美しい物はない、なにもかも移り変わっていくというのがあります 

貴族達の生活は平安京でした 
平安時代にはこの街の人口は100,000人くらいいてその当時のヨーロッパの都市よりもずっと大きかったんです
とっても豪華な街だっただろうと言われていますが街自体は破壊されてしまっているのでよくわかりません
この当時の社会はかなりの階級社会でした
およそ30程の階級に別れていてそのうちの上から4番目くらいまでが王子としての地位でした
上から3番目までの地位は公卿とよばれ最も重要な特権をすべてもっていました
政治的な地位、収入、田園などもすべてふくまれています
特別な衣装と教育などもそうですし罪を犯したとしても罰はごく軽いものになるのです
階級によって犯罪にたいする刑罰が違うって信じられますか?
この手の規制はかなり細かく決まっていました
例えばこの階級ではどんな扇を何本所有できるとか
源氏物語ができたころこの特権階級は1/10のうちのほんの1%にも満たない人達だけでした 
この当時の特権階級は必ずなにかしらの関係があり,その枠から外れた人達には全く興味がありませんでした 
社会的なステータスが何よりも大事だったのです

10世紀になると貴族の仕事のほとんどは儀式的、宗教的なものでありしかも夜に行われる事がおおかったようです
平安時代の経済は全くよくありませんでした
貿易は少なく国民全体に土地を持たせようとする試は完全に失敗していました
10世紀までには貴族達の生活は税金のかからない荘園からの利益でまかなわれていました
ヨーロッパの荘園とは違って日本の貴族達は荘園を所有していたわけではなく荘園からの利益にたいして権利があり、この権利は子ども達に受け継がせる事ができたのです
印象的なのはこの権利を女性も持つことが出来た事です
このおかげで平安の文学が栄える事が出来たと言っても良いでしょう
この経済のシステムは国を疲弊させたかもしれませんが貴族達が文化を高めるための時間とお金を提供しました
この当時の貴族はメランコリーを抱えているものでした
優しさと繊細さはメランコリーが大事だったのです
貴族達は暇な時間も多く長い時間が遊びに費やされました
詩会はとても人気がありましたし双六などのボードゲーム、それ以外の時間は儀式と宗教行事でおわっていたのです

裕福さを強調するために貴族は人を遠ざける様になっていました
しかし彼らは文化的な芸術を制作し消費していったのです
平安時代の文学はこの当時の女性達についてよく描いてあります
文化は女性によって作られていたのです 
中心にいたのは紫式部と清少納言です
いい着物を着る事を期待されさらに髪は床に着く程長くするのがいいとされていました
おしろいをぬりお歯黒をぬり同じような生活をしていたのです
平安時代の女性には権利も認められており例えば配偶者からの暴力は禁止されていました
ヨーロッパよりもだいぶいいですね
女性が受けられる教育といえば男性が喜ぶものばかりです
例えば詩、音楽、習字、文学など
自意識をたかめる歴史や法律、哲学の勉強の機会はありませんでした
何層にもなった着物は動きにくく、たくさんの規制があり紫式部も例外ではありませんでしたしそれは当時のヨーロッパとは違うものでした

さらに男性もそうですが女性も人生のほとんどを屋内で過ごしていました
コミュニケーションは手紙で行われ、女性は男性と直接話したり、姿を見せる事は禁じられていました
しかしロマンスと愛に関する事には多大な関心がありました
平安時代の男性は一夫多妻の上に不倫もしていました
だからといって感情的な揺れがないわけではありません
この時代の人々はいつも夫に嫌われるのではないか、愛人に愛想を使われるのではないかと心配ばかりしています

この当時の女性達も全くちからがなかったわけではなく自分がもっている力をつかって地位を向上させたり状況をよくしたりしていました
政治的的、経済的にはあまりよくなかった平安時代ですが文化的な達成度は高く文学でいうとその成功のほとんどは女性によるものでした
源氏物語では政治や経済について直接的な記述はありませんがその世界観でたくさんの事がわかります
もちろん話しにでてくるのは人口の1%だけの少数の人達ですがその当時の人達が何を感じどうやって生活していたのかよくわかります

ジョン=グリーンが欧米でいう中世の日本の生活についておしえてくれます 日本の平安時代は794年から1185年です そして日本でとても興味深い時代です 経済的に発展したというよりも政治的に興味深いというよりも平安時代に一番重要なのは文化的なものです 芸術と文学が花咲いた時期だったのです そしてその成功は女性の手に寄るものでした 紫式部の源氏物語はその当時の文学で貴族の生活がよく描かれています 一般の人達の事についてはほとんど触れていませんがとても価値がありよくある軍事的,政治的な歴史と比べるととても新鮮です 

引用 1 イヴァン=モリス The World of the Shining Prince: Court Life in Ancient Japan ビンテージブック(出版社) 2013 P5
引用2 P14
引用3 P67
引用4 P114
引用5 P147
引用6 P112
引用7 P198



「金持ちがシステム的に貧しい人達よりも軽い刑が科せられるってしんじられる?」ってつまり今ってことだよね?





皮肉だよね?




スウェーデンではいまだに僕らの王族が人を殺しても罪に問われない可能性がある法律があるよ




タイで大金持ちだったら刑罰はまったくないね




アメリカの事みたいだけど




ぎりぎりだけとたぶん違う




共産主義ってこんなじゃない? ジョージ=オウェルがかいてるのは「みんな平等だ しかし他の人よりももっと平等なひとがいる」ってね




これは皮肉よね 富に価値があるのはどんな社会でも同じだし



私は金持ちの特権がだいすきよ



日本の上流階級は2つある 1つは侍でもう1つは公家 お互い嫌いあってたんだよ




貧乏人はニンジャになったんだ



平安王朝ってどのくらいおおきかったの? 土地としてはどのくらいまで支配していた? 現代の日本と比べてどうだろう それと首都は破壊されたみたいだけどどこに? 平安京があったのは現代の日本のどこなんだろう?




現代の京都がかつて平安京があったところ 歴史的にいまでも大きな所よね




その当時の日本人の4%しか支配してなかったって





ぼくが間違ってるんじゃなければ、日本は現代の日本と同じくらいだったはず 4島のうちの三つ、本州、九州と四国だね 北海道以外 平安京は名前を見たらわかるように現代の京都にある 京都はいつだって「天皇の首都」だったからね 東京はむしろ「事実上の」首都だったのにたいして 東京はかつて江戸ってよばれてた 明治維新の後に東京って名前になったんだ 



奇妙なことに京都が本当の日本の首都だって考えてる人はいるんだ 東京が首都だって描いてある法律はなんだって 天皇が東京に引っ越したのにね だから技術的には平安京はいまでも首都なんだよ



ヨーロッパと比べるとヨーロッパと比べるとヨーロッパと比べるとっていいかげんにしろよ 比較するなら隣国の中国とか韓国、インドや中東と比較するべきだよ日本の平安時代をヨーロッパと比較するのはわかるけどねでも近くの国と比較するのは大事だとおもわない?




それはこの動画が欧米の視聴者に向けたものだからだよ 比較対象としてはヨーロッパの方がわかりやすい




僕らが学校で習う歴史の99%はヨーロッパ中心だ  だからたまにはそこが世界で一番素晴らしい大陸じゃないってわかるのもいいよね




「ヨーロッパの女性と比較して?」なに言ってんの? 中世の女性はずっと虐待されてきたし押さえつけられていた ムハンマドが6才の女の子を自分の妻として9才で性交渉をもったときからね Sura4:34にかいてあるんだ 「妻が言う事を聞かなければ主ださせるがいい そしてベッドに行った時に無視してその後叩いたらいいのだ」ってね
グリーン先生はヨーロッパの歴史に偏見がありすぎるよ ヨーロッパ中心主義と戦ってるというけど女性上位の視点から言うとおかしいよ





この時代についていえば中東の女性はヨーロッパの女性よりもだいぶ恵まれていたんだ 中東の女性は財産を所有する事ができたし訴訟を起こす権利もあった 契約を結ぶ事もできたし会社を経営する事もできた ヨーロッパの女性には比較的最近与えられた権利だ 歴史的にはね 




日本史ってすごくおもしろいよね





源氏物語をよんでみたよ この講義は氷山の一角だよ



日本の平安時代はとっても平和で優雅で落ち着いていてすべてにおいて美しい 人がなんていおうとみんな選択肢があったんだ 芸術と理想が女性の権利をひろげたよ! 平和でみんな優雅で礼儀正しくてそれが今はどこに行っちゃったんだろうっておもう 伝統として失ってしまったのは残念




すごくうまくまとまってる 私は日本の高校にいってる女子高生だけど平安時代は今回の期末テストの範囲なの 日本の歴史の授業では年代や人の名前ばっかりに集中してる ヨーロッパと比較した事がなかったからおもしろかったです 外国人が私の国の歴史について語るのっておもしろい 付け加えたいのはこの時代の文学はいまでも高校の授業でつかわれてるってこと もちろん今の日本語とは全く違うから読み方を習うって感じだけど 




https://www.youtube.com/watch?v=ZnZEoOJ-cxE
Comments
 
外人「俺達は女性を見下してたから日本も同じはず」
 
まず根本的な間違いは、「894に戻す遣唐使」の前あたりから、唐の影響が減り、平安時代の文化が急速に発展したのであって、唐の影響が大きかったというのは事実誤認だということ。

ここでしつこく述べられている平安時代の文学だって、かな文字文学だ。それ以前の漢文ではない。唐の影響が減ったという分かりやすい例だ。

というか、平安時代と一言でいっても、初期の空海などの時代は大いに唐文化を取り入れた時代、遣唐使以降は日本独自の発展をした時代。末期は武士経済の登場とかなり違う。
 
紫式部の「式部」も清少納言の「少納言」も役職名であって名前の一部じゃないんよー。そこ大事。
十二単は女房(働く女)の戦闘服。
 
中国の影響は大きいよ。特に漢詩の愛読者が多かったからね。
清少納言だって白居易の影響を受けてる。
定子の香炉峰の雪謎かけのエピソードもそう
 
大多数の大衆の生活は貧しくひどいものだった。
それでもまだ生きていけた。
ところが鎌倉時代への戦乱の時代はまさに地獄となり、
大衆は宗教に救いを求めた。
それが浄土宗や真宗、日蓮宗の鎌倉仏教の隆盛の礎となり、
この世は苦しみにあふれていると考え大衆は死後の世界の極楽浄土を夢みた。

ナンマイダー
 
西暦701年にはすでに女性に財産を持つ権利があったよ。なんでも中国を見習って居たなんていう中華主義的な見方は全く正しくない。中国よりも進んで居たのが日本。
 
なんだよコメントがまた中国人工作員じゃねーか
まあこのブログ主中国人だから工作なんだろうけど
 
※182676
その意見は君の方が頭悪そうにしか見えない。
中国文化の影響がどうたら言ってるだろ。
男尊女卑は儒教文化の影響だ。
 
唐と国交断絶して100年の間に、平安時代となっているから唐の影響や憧れが何たらってのは嘘だよ。
ちなみに、遣唐使が持ち帰った書物も外観しか書いておらず、内部は全く分からない。
よって、外観だけマネして内部は日本形式。
だが、来日する中国人は歴史的建築物を唐文化だと思い込んでいるよね。
伊勢神宮なんかも、唐文化とか言っているし。
実際、遣隋使も遣唐使も失敗してるんだけどな。
唐は、日本を侵略出来る様に仲良く見せてただけで、実際は仲良くは無い。
それより、なぜ400年前の侍には興味があるが、800年前の侍には興味が無いのだろうか?
 
※182683
「すでに」ではなく「まだ」が正解。
 
全然文学の話になってない
 
かなりガバガバだけど外人にしては詳しい
 
中国人工作員のキモイ工作活動はいつまで続くの?
もうバレバレなんだから大好きな中国に帰ればいいのに
 
中国っていうか実際はインドだよな
日本の中国経由のものの七割は仏教関連
 
このブログ主は中国人ですよ
過去のブログでバレバレです
中国人工作員なのかあたまがおかしい中国人なのかは不明ですが
 
マンシュウ、チベット、ウィグル、インドはアジアに影響を与えているけど
シナ人には文化が無いから影響なんかないよ

自分達には文化が無いから文化大革命ですべてを否定したのに
今更中国文化とか言い出すのは
やっていることがおかしい
 
異文化に憧れと興味持つのは いつの時代でも変わらないし、当たり前の事だと思うけど、
所々変だよね。どこで勉強したんだろう?
 
※182693
仏教?
暦とか身の回り見てみろ。
どう見ても儒教文化だろ。
 
飯は不味いんだけどね。平安時代のご馳走と言えば、「鮎の塩焼き」「揚げ出し豆腐」なんかで、庶民は粟、ひえなんかの雑穀と大根葉なんかの煮汁を食ってた。
 宮廷だと雉の焼き物や鍋なんかの記録もあるけど、多分、そんなに美味くはない
 
※182699
日本人は儒教の開祖は誰も知らないがブッダは知っている
 
ありおりはべりぃッ!
いまそかりィィィッッ!!!
 
>182699
微妙なとこだが、日本は仏教文化で正しい。儒教もそれなりに入ってはいるが、真言宗、曹洞宗など、禅宗系統の教えの方が強く、儒教の影響は強くはない。仏教と重なる先祖崇拝とか忠孝の礼とかは残っているけど、これを儒教の影響と言うのは間違い。
 
弥生時代にたくさんのチョンが入ってきたのに現代では全く性質が違う。育つ環境で性格が変わるって面白いね!歴史って。
 
女も浮気な恋の歌たくさん残してるし
婚姻は家の問題で、恋は貴族の嗜みで別の話だからな。
十二単も天候、居住環境の影響。
お歯黒だって男に強制されたわけじゃねーしw
ピアス穴やネイルと同じだろw
丁寧語は平安宮中の女言葉が元になってる。

女性の社会進出なんてかたってるけど
西洋は平安、鎌倉、江戸、現代において女による女の為の文学芸術が日本一国を上回った事ないだろ
男社会の中に入って男の評価値に従うしかなかっただけ。
 
※182703
盆も正月も仏教文化ではないだろ。
仏教伝来を通じて入ってきた中国文化は多いけど、
それは仏教由来と言えるもんか?
元の※はインドが元とか言ってるわけで。
 
朝鮮の文化のモノマネですけどね
日本人は悔しいでしょう
 
東京が首都って言ってもたかだか300年程度
京都、大阪とは首都だった歴史が圧倒的に違う
 
大きな間違いは無いが、舌足らずで誤解を生じるような箇所があるね。当時の貴族は今の貴族と違い、一族だけで資産を貯めこむようなことはなく、荘園や邸宅には武士や女房と言われるお世話役から下使いまで大勢の人を雇い、豪勢な酒宴や管弦などの遊びで散財した。都の住人はほとんどは貴族達の経済生活のお零れを頂戴したり、彼らにサービスや物品を調達して生活していた。平安時代末期は荒れて治安も悪くなったが、貴族の邸宅は外部と格子や簾、帳のようなものだけで区画され、西洋の貴族のように高い城砦に住む必要は無かった。源氏物語には、皇族の子女でさえ寒さに震えるような困窮生活を送っている様子が描かれているが、彼女が強盗の被害に遭うことはなかったのである。天皇の御殿である御所も夜回りの者が数人、見回りの武士が警護しているだけであり、外国に比べれば治安がいいどころの騒ぎではない。光源氏が庶民の女と郊外の寂しい邸で寝泊りする場面があるが、彼らは妖怪や物の怪には怯えても、泥棒や強盗が来ないかは心配していない。平安時代の初めから中期前の200数十年以上は法律上の刑罰としての死刑は一度も執行されない期間があった。一面には刑死した者の祟りを畏れたということもあるだろうが、それも犯罪が稀であったことの証左である。平安時代はその文化レベル、特に和歌、物語、管弦楽が当時の世界レベルを遥かに超えていたことを除いても、江戸時代と並んで最も面白い時代である。また、当時の人びとが中国に憧れていたとの説明があったが、それは僧侶や下級貴族だけである。今の憲法信者が九条が日本の平和を守ってきたというような大嘘を言うが、そんなことを信じているのはインテリ階級とこれに劣等感を持つ一部の大衆だけであるのと同じだ。実際、源氏物語は出家する女を徹底的にカリカチュアしているし、僧侶にも頭の固い人間ばかり登場する、そもそも当時の大学寮は下級中級官吏が出世のために進学するところであり、上級貴族からはむさ苦しい変人の集まりのように好奇の目で見られていたのである。そういう源氏物語が正しく読まれるようになったのは、儒教や仏教の呪縛から完全に解かれた江戸時代以降、注釈書で言えば湖月抄以降である。諸君が学校で習った「源氏物語」や現代語訳の一部は中世の河海抄の影響を受けており、物語が基本的に女子供のもてあそび物と考えられていた時代空気の下で読まれたもので、それを無理に仏教や儒教風に解釈しようとする。原文の趣旨が著しく捻じ曲げられているのだ。源氏物語の作者は文章博士の娘だから、女ながら漢籍にも通じており、当時の男の知識人を遥かに超える教養人であったが、それでも女であるからこそ、男のそういう外国かぶれがおかしく見えたのであろう。男達の政治的打算的な行動様式がコメディタッチでよく描かれている。
 
このスレ自体、中国人の工作だね。
平安時代を紹介しつつ、さりげなく日本を貶める悪意が感じられる。
 
世界初の女性が書いた長編小説が源氏物語なんだっけ
 
>>182705
鉄漿は歯を保護する意味もあった
健康を害するリスクの高いピアスやタトゥーとは違うよ
 
ヨーロッパのハイソも同じだっただろうが。女性はお飾りで気を失う程のタイトなウエストのドレスを強要され、男性が話している最中はトイレにも行ってはいけない云々....カナダやオーストラリアみたいな新興国以外は世界中どこでも似たようなもんだったんだよ。
 
あ、自分は授業以外では氷室冴子の「ざ・ちぇんじ!」から入りましたw
 
外国人「日本は男尊女卑が強い時代遅れな国」

??w
日本が時代遅れも何も、欧米や中東では男尊女卑や奴隷制度がナチュラルにあったし、言い訳もシャレにもならないレベルだったからね。
時代遅れってのは、自分達の国(欧米)の基準だろうと思うと笑えるw
日本は、ずっと昔から変わらんよ。
祀っている最高の神が女神だし。この日本の価値観が男尊女卑って言うなら、随分生ぬるい差別だね。
 
日本は中国と違って纏足みたいな文化は無かった
そのことからも日本は中国を全て真似したわけでもないし、中国より遥かに女性が生活しやすかった国だと分かる
 
>>日本の上流階級は2つある 1つは侍でもう1つは公家>>お互い嫌いあってたんだよ

ならどうして強い侍は公家を亡ぼさなかったんだ。
 
簾の中で、人がいようが、にちゃにちゃしていた時代。
 
役職は男子に資産は女子に受け継がせるのってとても合理的だったと思う
役職があれば領地から徴収できて富を作れるし、女は子供を親の財産で育てることができる
一夫多妻っていうのは誤解だ
正妻は基本一人しか持てない。あとはすべて愛人。
また正妻以外の女は捨てられる可能性もあるが、
逃げる、別れて他の男とくっつくのも自由。
源氏物語の光源氏も須磨に流されている間にほとんど女が逃げていった。
 
≫182706
盆も正月も仏教文化ではないだろ。
仏教伝来を通じて入ってきた中国文化は多いけど、
それは仏教由来と言えるもんか?

は?盆は語源も由来も仏教行事なんだが。
お前の言ってる言葉の意味が分からん。
何が言いたいのかわかんねえけど、中国から
伝わった仏教行事は中国文化だと言いたいのか。
・・・脳みそ、糞なのか?
 
※182699

暦は孔子の儒教思想が由来じゃねえよ。
身の回りを見てみろ?
見たところで朱子学の本すら見つからないが。
臭いな、こいつ。
 
奈良時代になるけど、身分によって減刑された例に葦原王がいる
刺殺した相手のモモ肉をナマスにして食ったが、皇族と言う理由で、王の字を除き、流刑

儒教と言っても、孔子以前から原儒があって、それを体系化したのが後の儒教。社会に保守的な人が、文化を守ろうとすればするほど、革新的な物を生み出してしまう例が、孔子や信長
 
古墳の被葬者の人骨、つまり首長の性別の調査によれば、5世紀までの日本は半数以上が女性首長層で、女性の権力が強かった。6世紀から大陸の社会思想が強くなったと見られるが、7、8世紀までの律令社会で、それがより強まった。律令社会は男尊社会だが、それでも女帝が乱立できたのは、頂点に原始的信仰の名残があった為ともされる。つまり女性の方が霊力が強いと言う考え方に基づく。完全に大陸思想に染まっていたのなら、立て続けに女帝は立たない。そういう意味では男尊社会となったのは9世紀以降(女帝が途絶える
 
>女性が受けられる教育といえば男性が喜ぶものばかりです
例えば詩、音楽、習字、文学など
自意識をたかめる歴史や法律、哲学の勉強の機会はありませんでした

そんなんヨーロッパの上流階級でも一緒やん。ヨーロッパ貴族の女性達もコルセットで締めあげられて、学ぶものと言えば家の中で家庭教師に音楽やら詩やらだけ。で、財産の相続権もなかったから社交界でお相手を見つけて同じような上流家庭に嫁いでいく…つい100年ほど前までこんな感じやったやん。
 
貴族身分は二重給料制で、「階位による給料」と「職業による給料」。
つまり無職でも五位以上であれば、しばらくは食っていけると言う社会だけど、名誉や世間体もあって、貴族達は職を求めていたらしい。それも白髪の老人になっても
 
実際この時代の中国の影響は多大なんだよな。きっとここの奴らは平安時代の研究をしたこともなければ専門書を読んだこともなく、和漢朗詠集すら知らないんだろう。男は漢詩を学んで当然の時代なんだから平安時代の文学研究は中国からの引用に当たるのは当然。目に見えない概念も中国由来のものが多いのは少し学べば誰にでもわかる。
常識だろうが、文学どころか中世の荘園体制のもとになる律令制も中国輸入(日本向けに改良はされてる)。

この時代の中国の影響を否定する奴は、私情を持ち込む韓国人みたいに無知丸出しで日本人として逆に恥ずかしいからやめろ。
 
日本は元々は母系社会だから昔から女性に相続権があったんだよね
 
平安朝は女性の家の力が絶大だった
将来有望株の旦那見つけて、旦那は妻の家の力後ろ盾に官位上げて権力の座につく
女性の側も生家の一族繁栄のために必死だった
 
東北が竪穴式住居だった時代か。
※実際に平安時代の竪穴式住居跡がある
 
紫式部は支那嫌いだろう。
支那嫌いというか支那かぶれの男が嫌いなんだろうけど。
 
まあ、でも特権階級が贅沢を貪り始めたら滅びるよね。
これは古今東西変わらない。
そしてその後長い間天皇一族はともく公家はバカにされ続けることになる。
公家は公家で必死で自分の財産をなげうってでも格を守り
官位という名誉職を守り続けたけどね。
 
※182744
それが近代までずっと続いていたのが欧州だよ。
欧州の国って貴族のための荘園(所有物)同然だったから。
日本の場合は、武家の世になってからは、各地の領国は国を治める国主という職務での拝領・任官。
 
>182705
平安時代は女性だけでなく男性もお歯黒してたよ
それぞれ裳着、元服と共にしていた
 
182747
日本ではなぜ市民革命みたいなものが起きなかったかといえば、 天皇の命により、各領国の国主の任が解かれ、政治の実権を国民にさせることになったから。 まあ士族・華族が国民代表という経緯は経ているけどね。

欧州の場合国・領国・領地は貴族の所有物。 だから国民主権にするためには所有者たる貴族と戦わないといけなかった。
 
西洋女流文学なんて、ラファイエット夫人の「クレーヴの奥方」が出てくるまで紫式部の何百年後かを考えてみな。
まあサッフォーまで遡れば西洋が大分早いけど伝承の詩人だからねえ。
 
そう言えば、源氏物語には牛車が出てくるんだよね
ちゃんと屋根付の箱型として
なんで馬車は近代まで出てこなかったのだろう
やっぱ、山や川が多すぎて長距離は無理だった?
 
>最後のコメント
高校の歴史教師曰く「高校までの記憶教育と違って大学の歴史・社会学は面白いよ」
その教師のテストには、なぜそうなったか書けと言う設問が…懐かしいw
 
※182751
たぶん、日本の馬は小さくて馬力がなかったのと、牛と馬の性質・気質によるかと。
馬って結構神経質で小心、ちょっとしたことでも驚いて暴れてしまったり神経性の病気起こしやすい。
牛車も構造上、乗り降りは後ろでしょ、それにお座敷だし。
何かあったら転げ落ちて、放り出されて危ないよw
 
※182751
日本でも東北や北海道あたりなら大型の馬はいただろうけど、温帯・熱帯域の馬は小さくて弱い。
東南アジアや中国南部、インドあたりも主流は水牛などの牛。 
欧州は実際にはかなり北の国で、馬も大型だったし、陸続きでモンゴルやシベリアなどからの大型屈強馬もあの辺の民族移動・襲来でもたらされ、 古代では地中海からあら部支配した帝国によりやはり屈強なアラブ馬がもたらされていた。用途に応じた交配種も盛んに作られたし。
 
よくもまあ、ウソこくわ!
平安時代以前から、中国文化は『アリャァ、ダメダ』になってたんだよな
あんなん導入し続けたら国潰れるわ!って事で、見向きもしなかったけど、良いモノは良いモノとして残し、調整してただけじゃん

その残したものを取り上げて、中国に夢中?
バカ外人もさぁ、よく見ろってんだよ
どんだけ浅はかな日本の歴史知識しかないのか、良く解るよな
 
文化は発展したが、国軍を廃止して政府が軍事力を持たなくなった末に武士が発生して、やがては実権を武士に奪われることとなった。
元寇の際の神風も、実際には武士が防衛したのに、それを認めたくなくて超常的な力のおかげで勝てたことにした分けで。
 
たしかに平安時代は面白い。
現代の萌文化やキャラ設定が、この時代の女性により作られたというのが興味深い。

源氏物語だと
葵=ツンデレ
紫=ロリ
六条さん=ヤンデレ
藤壺=NTR
末摘花=ブス専?(ブスだけど心は綺麗)
夕顔=美人薄命
 
紫式部や清少納言が上流階級のホントにトップあたりの深窓の姫君じゃなくて、ワーキングウーマンだった事も触れたら良かったかな。
彼女らの活躍の場が中宮のサロンだったこととか。
結婚の形式も通い婚とか「北の方」って呼び名の意味とか、歌のやり取りによる求愛とか、面白い要素いっぱいあるよね。
あと和泉式部なんかも紹介してほしいところ。
 
この時代の庶民って穴ぐらや掘っ建て小屋とも言えないとこに
住んでいたと聞いたことがある。
都の中に住めるのはまだいい方で。
 
※182762
朝顔の姫君=聖域
女三宮=お人形
空蝉の弟=BL
明石=田舎の優等生美少女
玉鬘=親子丼失敗
花散里=気配り主婦(イメージ)
朧月夜=イケイケギャル
源典侍=好色お婆ちゃん
犬君=ドジっ子
 
>まず貴族についてわかるのは彼らは中国に夢中だったって事です
>中国人にとって日本がそんなに遅れて見えたのは10世紀頃の日本がお手本にしていたのが数百年前に栄えた唐だったからです

中国のプロパガンダはヤバいな
日本は隋とは交流しても唐のことは「野蛮だ」って縁切ったのに、西洋の学者はこの10年くらい前から隋を歴史から消してる
それと平安の女性は男性が喜ぶものだけを勉強したんじゃなく、男性も女性も芸術を学ぶことが帰属の嗜みだったんだよ
十二単を女性差別にしたいみたいだけど、その時代に世界の何処に日本のように女性のお洒落が自由でお金をかけていたかな?
それから男尊女卑だか一夫多妻制なんじゃなく母系文化だから娘が家を継いで有能な男を婿にしただけ
有能な男じゃなければ女性から相手にもされないし、それだから相続権は女性で夫が妻の機嫌を損ねたら家から追い出されてた
西洋の学者はまず日本人差別の中国のプロパガンダを抜きにして日本史を見てみたら?
 
>平和でみんな優雅で礼儀正しくてそれが今はどこに行っちゃったんだろうっておもう >伝統として失ってしまったのは残念

今も昔も日本人は変わらない
日本人が西洋人のテーマパークとしてエキゾチックで中世の暮らしをしてないことが嫌なんだね?
日本人がこれと同じことを西洋人に同じこと言ったら激怒する癖に
ねえねえ、何で西洋人は髪をクルクル巻いたり鳥の巣みたいにもってる鬘をつけてないの?
男性はタイツを履いて女性はコルセットとドレスの伝統を失ってしまったのは残念
って言われたら自分がどれだけレイシストかわかってくれるかな?
 
>貴族は自分たちが一番興味深いとおもっていたので私たちが知る事が出来るのはそういう階級の人々についてです

いやいやいや、文学にも絵画にも、結構庶民の描写はあるって。
リアルでも源氏物語の中ででも、平安貴族達は色んな所に出掛けたり、かなり遠方まで旅したりしてそれを書き記しているので、道中で関わった下々の者についての話がちらほら出て来るし。
「今昔物語」とかは、当時の市井の人々の生活が伺い知れるし。
身分の低い者が残したと思われる和歌も一杯ある訳で。
 
欧米人の根底にある自分達は先進的だ人道的で今もそうだからかつてもそうでありその他の国はそれより未開だったに違いない的な考えが見え隠れするのがいつもちょっと笑える。
 
※182756
モンゴルの馬は小さい(日本の馬とほぼ同じくらい)し、ヨーロッパの馬も極一部の国を除いては小さい
 
この時代は日本文化が花開いた時代なのに

唐の影響とか勘違いもいいところだ
 
>何層にもなった着物は動き難く
って十二単を日常に着てると勘違いしてんのかいな?
あれは儀式や晴れ着の正装だよ
普段は袿などが当たり前、下着の枚数から数えたら西洋も公家もたいして変わらんわ
十二単の動きにくさは派手なフランスのドレスかな、派手な飾りや織のドレスや鯨骨とかカツラとか重いし
普段女房装束が動き難かったら帝や姫様方のお世話出来ないだろうが
端折るって裾を上げた外出着だってあるよ、市女笠に虫垂れぎぬ姿で神社詣では有名なのに

当時のシナ、なかでも経由の仏教の影響は強いよな
インド直接よりアフガニスタン辺りの中央アジアの仏教文化経由、チベットネパール辺りの他は中国仏教はこの流れが濃い
儒教のシナと違って、食/人を入れないですんだのは、元の日本人の価値観と仏教のお陰だと思う
勿論儒教道教は否定してないだけだけど、史書説話に食/人関係で忠孝を表して記述してるからな
 
全くいい加減な「講義」だな。
平安京の街が破壊されて何も残っていないって?
やりなおし!
 
>182769
そうだよね
和歌に詠み人知らずが多いのも、その文化が貴族だけのものじゃなかったからだし、例えば万葉集で桜愛でてるのは庶民も多い
風土記では庶民の祭りなども記してる
夏の邪気払い社寺参り奨励に伴い、道の水路をきれいにさせる、足など冷やすに利用させ庶民の暑気当たりにならないようにさせようって提案する公家好き

>盆や暦や日本文化などは中国がー儒教文化がーって米ら
儒教道教も仏教の影響強く受けてるんだけどな
あと宮中行事や盆などはシナや仏教の影響はわかりやすいが、元々の日本土着の文化も色々混ざってるんだよな。ちゃんと調べてみればいいのに
例七夕、読みのたなばたは和語、古来似た季節に土着の祭りがあった

>モンゴルの馬は小さい、ヨーロッパの馬も
知らなかった、知れて嬉しい
今までと違う感覚で本の描写とか色々読めそう
 
ニンジャやサムライに対する誤解偏見と同じレベルで平安時代を語っちゃってるなぁ
すぐに現代のヨーロッパやその倫理観を持ちだして比較するところも歴史の文脈じゃないし
 
酷いまとめだなあ
 
?中国って歴史の浅い国じゃない。
アメリカの方が3倍くらい歴史は長いじゃない。
中国人のこの厚かましさって何?

 
唐の影響もなにも紫式部が生まれたころには、もう唐はとっくに滅亡していて、大陸は乱世の世になっている
 
※182708
そのころ朝鮮半島を支配していたのは和人だ。
お前らの先祖はいなかったぞ。「悪魔の洞窟」原人を始祖に持つお前らの祖先が朝鮮半島を侵略したのは白頭山噴火後の13世紀から15世紀の間だ。
 
794年 - 長岡京を廃し、平安京に遷都
894年 - 遣唐使廃止
907年 - 唐滅亡
960年 - 北宋成立(公式国交はなく、渡航も禁止。博多などで私的貿易のみ)
966-1025年(?)清少納言
1127年 - 北宋滅亡し、南宋成立(正式国交なしだったが、日宋貿易が盛んになる)
1167年 - 平清盛、太政大臣となる
1185年 - 平家滅亡
1192年 - 源頼朝、征夷大将軍
1276年 - 南宋滅亡

 
※182687
当時も中国の影響が直接大きかったというより、 一般教養・知識として一度入ってきたものを保持しているという感じだね。
だからすでに王朝が滅亡していようが、国交が途絶えて久しかろうが、もうどうでもいい。
それは今でも同じで、 過去に存在していた中国文化遺産を日本人はずっと教養・知識として蓄積している。
中国の歴史も、文学(漢詩)も、書(書道の世界では王羲之とかいろいろな書家・書体がある)も今でもあるわけで。
 
※182676
何でもそれだよな
外人「俺らがしてたから日本も同じはず」そして
1.勝手なイメージで非難、謂わば妄想
2.自分を棚に上げて日本非難 大悪党が小悪党を取り締まる場合によって冤罪
もうアホかと
 
恐らく日本が源氏物語の小説挿絵付きで書いたの世界初じゃないか?
 
中国に夢中というのは間違いで、古代大陸文明と今の中国は全くの別物で、平安時代は日本独自色が強い文化であって、古代大陸文化の影響をこの外国人は中国の記述を信じているという事、こんな外国人は日本を語る資格はない
 
日本文化の基本は今も昔も神道よ。
儒教も仏教も結局都合のいいところしか取り入れていない。
日本が仏教国なんて言ったら
小乗仏教の国に怒られるで。w
 
平安時代の貴族がほとんど風呂に入らなかったり、まともなトイレが無く街が不潔だったのは中世ヨーロッパに似てる。そりゃ伝染病も蔓延するわな。
 
平安時代には2つの時期がある。

気候・治安とも安定してい
煌びやかな王朝文化(貴族文化)が開化した黄金期と

疫病が流行り、都の大通りに死体が打ち捨てられ死屍累々とし
治安は乱れ朱雀門なんかも廃門となった「羅生門」の時代。
夜になると百鬼が夜行し、得体のしれない死の恐怖に包まれ
朝廷の監視が届かない地方では腕っぷしの強い侍がヒャッハーしている末法の時期。

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